37. 拳と進化と共同戦線
雷のような光がトーマたちを襲い、上下左右に壁の様にある緑の電子図は壊れかけている様にノイズが奔り、時折爆発音がなる。
デジタルゲート内の時空間は、誰が見ても崩壊間近だ。
「スレイプモン！大丈夫か！？」
「このくらい、たいしたことはない……っ！」
とは言うものの、スレイプモンの体からはすでにデータ破損のノイズが見える。誰がどう見ても彼は満身創痍だ。
「！ 出口だ！」
イクトの声に全員が前方を見る。空間の裂け目の向こうに、DATSの本部が確認できた。もうすぐここを抜けられる。
「スレイプモン、もう少しよ！頑張って！」
出口が見えたことで全員が安堵の表情を浮かべたその時、彼らの背後から空間を揺るがすような大爆発が聞こえた。
「なんだ！？」
雷のような光も壁のノイズも激しくなる。背後を確認したイクトは迫りくる爆風と爆炎に「来るぞ！」と叫ぶ。
「皆つかまれ！」
スレイプモンの声の直後に、強い熱風が彼らを襲う。悲鳴と供にスレイプモンの体が煽られ、背中に乗ったトーマは片腕で気絶したままの遼を支え、空いた手でスレイプモンにしがみつく。乗っている途中で目を覚ましたモノドラモンも心配そうに遼を見やる。
爆発音は絶えず響き、その度に熱い爆風が彼らを襲った。出口まであと一息という所で一際大きく強い爆風がやってきた。疲れ切ったスレイプモンは体勢を保つことができず、大きく崩れた。その瞬間、ずるりと遼の体がトーマの腕をすり抜ける。
「遼！」
それを見たモノドラモンが慌てて落ちた彼を追う。トーマも慌てて手を伸ばすが、遼もモノドラモンにも手が届かず、勢いのあまりスレイプモンの背から離れてしまった。
「トーマ！」
「何してるのよ！」
イクトと淑乃もトーマを助けようとするが、そこでしがみつく手が緩んだのか揃って爆風に煽られてスレイプモン背から投げ出される。
「――！」
スレイプモンも慌てて引き返すため方向を変えようと出口手前で身を捩ったが、爆風をモロにあびて他のデジモンたちと供に出口へとそのまま押し込まれてしまう。
悲鳴と絶叫が響く。遼とモノドラモンは遥か彼方へと、トーマたちは崩れた時空の裂け目へと吸い込まれていった。
37.拳と進化と共同戦線
「はじめまして、って言うのも変だよな」
絶句するタイキの前で、タイキにそっくりな少年は笑う。明らかに嘲笑と侮蔑の意味を孕んでいる笑みだ。
「お前はいったい……」
「……」
タイキの問いには答えず、少年は無言のままルーチェモンに視線を送ると指を鳴らす。すると地中から骨の体を持つ龍型のデジモンが５体、姿を現した。
「もう、儀式は始まった」
少年がそう言葉を紡ぐと、そらにある大陸の一つが光に包まれる。何が起こったのか、その異様な光景に動揺がはしる。
そんなタイキたちの様子を尻目に、ルーチェモンは両手で光球を作り、それを弄びながら少年に問う。
「たしか、工藤タイキ以外は殺してもいいんだよね」
「好きにすればいい」
そのやりとりに、シャウトモンたちは即座にルーチェモンに向き直り武器を構えた。
「さぁ、暴れろ！ルーチェモン！スカルグレイモン！」
「っ！迎え撃て！」
少年の言葉に、シャウトモンの言葉が重なる。その言葉が開戦の合図だった。
スカルグレイモンたちの咆哮が空気を振動させ、ルーチェモンの光球がシャウトモンやタイキたちに放たれる。
「ロックダマシー！」
それを撃ち落とそうとシャウトモンが攻撃を仕掛け、ぶつかりあった二つの技は爆風を産んだ。
「くっ、リロード！グレイモン！メイルバードラモン！……！？」
キリハがクロスローダーを構え、グレイモンとメイルバードラモンをリロードしようとするが、クロスローダーは何の反応も示さない。
「リロード！メルヴァモン！……どうして！？」
ネネもクロスローダーを使うが、全く反応しない。タイキとユウのも同様だ。
「クロスローダーの機能が使えなくなってる！」
「おそらく、あの塔のせいだろうな」
焦る子供たちにワイズモンが冷静に告げる。曰く、あれはなんらかのジャミング電波を放っており、それが原因でクロスローダーの機能が働かなくなっているのだという。しかもたちの悪いことに、闇の力を応用しているらしきソレはデジタルワールドの環境すらも破壊しかねない代物らしい。
「でもさっきタイキは……！」
「あのタイキにそっくりな者が出てきた瞬間、闇の力が強くなった。原因はそれだろう」
「ならあれを壊すまでだ！」
それを聞いたシャウトモンはすぐに動くが、それをルーチェモンが許すはずもなく再び二人の力がぶつかり合った。
「戦線に行ったデジモンたちは！？」
こうなってしまった以上戦えるのはすでに外に出ていたデジモンたちだけだ。今、里に残っているのは防衛軍と傷を負った手負いのデジモンのみ。このままでは危ない。辺りを見回すと戦線のデジモンたちを呼び戻しに行ったはずのリリモンが戻ってきた。リリモンは顔面蒼白で、最悪の事態を告げる。
「戦線が奇襲を受けて劣勢状態よ！とてもこちらに戻ってくる余裕はないわ！」
「なんだって！？」
タイキが少年を見やると、してやったりと言った表情をされた。この黒い塔はジェネラルたちの注意を引きつけておくためでもあったらしい。まんまと敵の策に嵌ってしまった。残ったデジモンたちに指示を飛ばして体勢を立て直そうとするものの、動揺している防衛軍のデジモンはなかなか思ったように動いてはくれず、スカルグレイモン相手に思うように戦えていない。
主力デジモンも殆どいない、デジクロスも使用不可能、進化もできない。まさに最悪の状況だ。
「ぐぁぁあ！」
「シャウトモン！っ！」
爆発とともに飛ばされてきたシャウトモンをタイキが受け止めた。「大丈夫か！？」と聞くまでもなくシャウトモンは疲弊しているのがわかる。連戦の疲れがここで来てしまったのだろう。それでも立ち上がろうとするシャウトモンをタイキは押さえる。
「それ以上は無茶だ！」
「へっ。無茶はお互い様だろ？」
タイキの腕を押しのけて、シャウトモンはフラフラと立ち上がる。
それを見て、塔に寄りかかって傍観していた少年は「茶番だな」とつまらなそうに呟く。そんなタイキたちに、ルーチェモンの攻撃が再び迫る。
「タイキさん！シャウトモン！」
「「！？」」
それに気づいたユウが叫ぶが、それは遅すぎた。もう駄目かと思われた時、声が響いた。
「ベビーフレイム！」
「ネイチャースピッツ！」
「ナッツシュート！」
「スクラッチスマッシュ！」
別の攻撃が彼らの背後からルーチェモンの攻撃を撃ち落とす。
「！ お、お前ら！」
見るとそこには、先程まで牢屋にいたアグモンたちが立っていた。この騒ぎで牢が壊れてしまったのだろう。
「手を貸そう」
青い犬のようなデジモン……ガオモンの言葉にシャウトモンは「ありがてぇ」と笑う。
「成長期のデジモンが４体加わった所で何が変わるんだい？」
ルーチェモンが呆れ、タイキは成長期≠ﾆいう聞きなれない単語に首を傾げる。
「なんだと！？お前みたいなひょろいもやしデジモンなんかなぁ！マサルの兄貴がくれば敵じゃねぇ！！」
「もや……！？」
「ヘンテコな塔で敵の力を押さえてからじゃないと喧嘩なんて売れないくせに！お前なんか男じゃねぇ！もやしで十分だ！」
アグモンの言葉に、ルーチェモンは顔を引き攣らせる。彼にとっては酷く侮辱された気分なのだろう。ルーチェモンの纏う雰囲気がガラリと変わる。「心を乱すな」と言う少年の言葉も届いていないようだ。
「……そんな口を二度ときけないように、君を跡形もなく消し去ってあげるよ……恐怖を刻み付けてね」
ルーチェモンから殺気が溢れる。様子を見ていたララモンたちもコレは流石にやばいのではと冷や汗を掻いた。しかしアグモンは怯えた様子は一切みせない。ルーチェモンが動こうとしたその瞬間、
「なーに勝手なこと言ってんだよ」
上空から、アグモンが待ち侘びた声が響く。それを聞いてアグモンは空を見上げて目を輝かせる。そこにはスパロウモンに乗った一人の少年が、この戦場を見下ろしていた。
突然の乱入者に、戦場が静まり返る。その少年を知るもの以外は、ただ無言で彼を見上げていた。
「喧嘩するならよぉ……」
少年がスパロウモンから塔に向かってジャンプする。その身体は真っ直ぐに塔へ向かい、少年は拳を振り上げる。
「この邪魔な塔を壊してからにするんだな！」
まさか。とこの場の全員が思った。
そしてそのまさか通り、マサルはその拳を落下の勢いのまま塔の側面に叩き込む。派手な衝撃音とともに、黒いそこには大きな亀裂が入った。
「ちっ！一発じゃダメか！……スパロウモン！」
「任せて！」
そのまま落下していくマサルの後に次いで、スパロウモンが高速で亀裂が入ったその場所に突進した。
目にも留まらぬ速さで、スパロウモンの体は塔を貫通する。大きな穴が開いてしまった塔は見事に倒れ、ガラスが割れるような音とともに粉々になって姿を消した。
その光景に、全員が呆然と目を見開く。
ガオモンとララモン「なんでもアリだな」「ほんとデジモンね」と呟き、アグモンとファルコモンは「流石兄貴だぜ！」「凄いや！」と目を輝かせた。
「さぁ！喧嘩をはじめようぜ！」
綺麗に着地したマサルは叫ぶなり、拳を構えてルーチェモンへと飛ぶ。そこでやっと我に返ったルーチェモンは迫ってくる拳を両腕でガードする。マサルの拳がその腕に当たると、打撃音とともにその拳にオレンジ色の光が溢れた。
「っ……！ 人間の癖になんて力だ……！」
ガードしきれなかったルーチェモンは大きく後方に吹っ飛ばされた。バサリと翼を羽ばたかせて空中で体勢を立て直す。
マサルは拳に光を宿したまま、唖然とするタイキとシャウトモンの前へと降り立った。
「よぉ、ネネってのはお前か？」
その問いに空中を旋回して戻ってきたスパロウモンが「そんな訳ないでしょ！」と憤慨する。ララモンが「それ、明らかに女の子の名前よ」とツッコミを入れるがマサルはどうでもよさそうに「へぇ」と言ってルーチェモンに向き直った。
「まぁ、話は喧嘩が終わってからだ！ いくぞアグモン！」
「おぉ！」
マサルは赤い機械を取り出して構える。そして彼の拳に宿っていた光が全身へと広がっていき、マサルは右手を空にかざし、その機械に右手を振りおろした。マサルに宿っていた光は機械へと吸い込まれていく。
――ULTIMATE EVOLUTION
「デジソウルチャージ！オーバードライブ！」
機械から放たれる光はアグモンを包み、彼の姿を変えていく。
「アグモン進化！――シャイングレイモン！」
小さな黄色い恐竜は、大きな赤い機械の翼を持つ龍へと進化を遂げた。
進化を知っているタイキたちも、その光景に思わず見とれる。
「これが他のデジタルワールドの進化……」
ネネが呟き、キリハやユウは素直に「すごい」と感想を述べた。
「進化したからなんだと言うんだ……！？」
自分より遥かに大きなシャイングレイモンを前にしても、ルーチェモンは臆することはない。しかし、突然ルーチェモンはシャイングレイモンから視線を外して空を見上げた。
つられてマサルやタイキたちも空を見る。そこには先程と同じように、２つ目の大陸が光に包まれたところだ。
「あれは色欲≠ﾆ強欲≠ﾌ……？」
「馬鹿な！ あっちの順番はまだのはずだ！」
ルーチェモンの言葉に、少年は初めて声を荒げた。何か不都合でも起こったのだろう。「くそっ！あいつらは何をしているんだ！」と歯ぎしりした。そして少年は再び指を鳴らしてスカルグレイモンを大量に呼び出す。一気に方を付けたいのだろう。どんどん地面から這い上がってくるそれに、悍ましささえ感じる。
そしてもう一つ、事態は大きく動く。
甲高い電子音のような音が響いた。シャイングレイモンのすぐ上の空間が裂け、広がっていく空間の裂け目には奥に緑色の電子の壁が見える。
「今度は何が起こったんだ」
苛立ち気に少年はその空間を睨みつける。
それをタイキたちは初めて見たが、マサルたちは嫌に見覚えがあるものだ。
「デジタルゲートか！？」
しかしそれはどう見ても安定していなかった。裂け目からは爆発音が響き、何かが落ちてくる。３人の人間だ。その姿が近づくにつれ、マサルは「マジかよ」と驚きと嬉しさの入り混じった声を上げた。そしてガオモンたちがその人物たちを呼ぶ。
「マスター！」
「淑乃！」
「イクト！」
落下してくる彼らは、シャイングレイモンやマサルそして自分たちのパートナーの姿を見た瞬間に大きく目を見開く。１ヵ月ぶりに見るその姿に、今の自分たちの状況も忘れて顔を綻ばせた。
ファルコモンは素早く飛び立つと、一番小柄な少年……イクトの所へ向かう。イクトは飛んできたファルコモンにつかまった。
「ファルコモン！無事だったんだな！」
「無事ってなにが？」
ガオモンは青い服を来た少年、トーマを軽々とキャッチする。
「マスター、お怪我はありませんか？」
「いや。大丈夫だ。ありがとう」
最後の女性はララモンがマサルの真上で受け止めるが、ララモンの力では及ばずに、そのままマサルの上へと落下した。マサルは潰れたカエルのような声をあげて押しつぶされる。
「ララモン大丈夫！？」
「な、んとか……」
女性……淑乃はマサルを押しつぶしたまま慌ててララモンを抱え上げる。
「淑乃、重い……早くどけ」
その言葉で淑乃はマサルの存在に気付く。そしてマサルの上から引くと「私はそんなに体重ないわよ！」と怒鳴った。
「……って、あんた本物のマサルなの？」
「あ？ 何言ってやがんだ？」
じと目で睨む淑乃に、マサルは訳が分からないとばかりに眉をしかめる。気が付けばトーマとイクトもマサルに警戒の目を向けている。
「あ、でもこのデリカシーのなさは間違いなくマサルね」
「んだとこら！」
その理屈はどうかと思うが、シャイングレイモンやガオモンたちといる所を見ると本物で間違いないだろう。マサルはやはり別のデジタルワールドへ飛ばされていた。
（しかし、あのマサルとよく似たのはいったい……）
先程の出来事を思い出しかけて、トーマは眉をしかめた。
「他の世界の子供まで……っ！一体どうなっているんだ！」
ヒステリックになっている少年を一瞥して、トーマはマサルの傍で呆然としている、少年とそっくりなタイキを見た。服装は違えど、クローンと言っても差し支えないほどよく似ている。さっきのマサルもどきと関係があるかも知れないと、トーマは自身のデジヴァイスを構えた。
「マサル。加勢するぞ」
「あのちっこい天使デジモンは俺の喧嘩相手だから手を出すな」
「承知した」
ようは周りで蠢いているスカルグレイモンの相手をすればいい。そうトーマは解釈した。
「俺達も！いくぞ！ファルコモン！」
「最悪なんですけど。……そうも言ってられないか」
そしてイクトと淑乃も互いのパートナーと目配せしてデジヴァイスを構える。すると３人の体を先程のマサルと同じように光が包む。青と、ピンクと、紫。彼らの光はデジヴァイスを通して、パートナーに力を与える。
――ULTIMATE EVOLUTION
「「「デジソウルチャージ！オーバードライブ！」」」
「ガオモン進化！――ミラージュガオガモン！」
「ララモン進化！――ロゼモン！」
「ファルコモン進化！――レイヴモン！」
青い鎧を纏った獣騎士、黒い翼を持った鳥人、薔薇を纏う気高い女戦士。それらはシャイングレイモンの隣に並んで、各々の武器を構えた。
まさに圧巻と言えるこの光景にユウが感嘆の声を上げる。
「デジクロスもなしに、あんなすごい進化を……」
異世界のデジモンたちの一斉進化。それに圧倒されていたタイキたちは、そんなユウの呟きに我に返る。そして負けてられないとばかりに、光が戻ったクロスローダーを構える。
「シャウトモン！」
「おうよ！よそ者だけにイイカッコはさせられねぇ！そうだろ！みんな！」
強力な加勢とシャウトモンのその掛け声に士気が戻ったのか、防衛軍のデジモンたちが雄叫びを上げる。自分たちの世界は自分たちで守ると。その声に押されて、キリハたちもクロスローダーを構えた。
「その通りだな。リロード！グレイモン！メイルバードラモン！」
「負けてられないわ！リロード！メルヴァモン！」
「タイキさん！ナイトモンとワイズモンをお借りしますね！」
「あぁ！リロード！ナイトモン！」
言葉とともに、タイキたちのクロスローダーからも光が溢れ、中からデジモンたちが飛び出てきた。
マサルたちはその光になんだなんだと目を見張る。
「シャウトモン！超進化！」
「グレイモン！メイルバードラモン！デジクロス！――メタルグレイモン！超進化！」
「スパロウモン！メルヴァモン！デジクロス！」
「ナイトモン！ワイズモン！デジクロス！」
溢れる光の中で、デジモンたちの姿が変わっていく。それはマサルたちが知っている進化とは全く異なるものだった。
「オメガシャウトモン！」
「ジークグレイモン！」
「ジェットメルヴァモン！」
「クロスアップ・ナイトモン！ワイズソードモード！」
光が止むと、先程とは姿を変えたデジモンたちがいた。彼らは前に出るとシャイングレイモンたちと同じように構える。
王たちのその姿に習い、逃げ腰だった防衛軍も武器を構えなおした。
「……どうするのさ。覚醒しきってない状態でこれは流石に骨が折れるよ」
「兵はいくらでも用意できる。あとは奴が戻ってくればあんな奴らどうとでもなるさ」
どんどん不利になっていく中、少年は必死に冷静を保とうとしていた。一方、ルーチェモンはそんな彼を知ってか知らずかため息を吐く。さっきの怒りはだいぶ落ち着いたらしい。
「んじゃあ！久々に大暴れすっぞ！シャイングレイモン！」
空に浮かぶ３つ目の大陸が光に覆われたその時、マサルの声とともに戦いが再開した。
- 39 -
[＊前] | [次＃]
ページ: