10. それはとても重要で



 いったい、いつになったら自分たちに平穏な日常が戻ってくるのだろうか。
 太一から送られてきたメールを見て、丈はガックリと肩を落とした。その頭上では車やバイクが飛び交うという珍事が発生していたが、それももう収まっている。
 不幸にも自分の兄であるシンのバイクが被害にあった。城戸家の車もだ。
「高校の制服を引き取りに来ただけなのになぁ……」
 ディアボロモンの襲撃の時と言い自分はとことん不幸体質だ。丈はデパートの壁に突き刺さり、デジタルゲートらしきものに呑まれていく兄のバイクや車を思い出して、熱くなる目頭を押さえた。最近こんなのばっかりだ。
「……やっぱり宅配にしてもらえばよかったよ」
 ローンの残っているバイクを失い、地面に膝をつく兄を慰めながら丈は呟いた。






10.それはとても重要で






『東京都・お台場を中心とした異常現象は現在終息しております。警察はこの異常現象を、先週お台場に現れた巨大生物となんらかの関わりがあるとみて調査を――……』
「……またあのデジモンが関係しているのだとしたら、厄介だ」
 電気屋に並べられたTVから流れてくるニュースをながめて、賢は呟く。その数歩後ろでは不機嫌Maxといった表情の大輔が歩いていた。理由はいわずもがな。ヒカリがこの場にいないことと、タケルがヒカリと一緒に別の場所の調査へ行っていることだ。
「大輔さん、調査と私情を混同すると、見えるものも見えなくなりますよ」
 小学四年手前とは思えない伊織の真っ当な言葉に、大輔は言い返す術をもたない。それがさらに大輔を苛立たせる。半年前の大輔ならすでに爆発していただろう。そう思うと今はマシなほほうだ。
「今回ばかりは命令違反は勘弁してよね」
「わかってるっての」
 この異常事態だ。今回ばかりは一人の我儘を通すわけにはいかない。
 異常現象発生からはや三時間。現象自体は収まりを見せたものの、デジタルゲートと思われるものに吸い込まれていった物は戻ってこない。もちろん異常現象の被害を受けたのはごく一部でしかないが、それでも人間の被害が一つもないのは奇跡だ。
 光子郎や京は知り得る限りの手を打ってみたが、デジタルゲートが開くことはない。世界中の選ばれし子供たちとコンタクトをとってみた所、どの世界のデジタルゲートも開かない状態なのだという。となると残される手がかりはデジモンと深く縁のある場所だけだ。
 今、大輔たち四人はその一つである一週間前の戦いの跡地へと向かっていた。
「どうせこっちには何もないと思うんだけどなぁ……」
「でも調べてみるに越したことはないよ」
 電車などの交通機関が回復しない以上歩くしかないのだが、ディアボロモンと戦ったあの場所からはかなり距離がある。かといってタクシーを使うにしても、小学生であるかかれらにそんな懐の余裕はあるはずがない。
 まだまだ長くなりそうな道のりに、大輔はこれでもかと盛大に溜息を吐いた。その時、伊織が小さく「あっ」と声を上げる。彼の視線の先には見知った上級生二人が歩いていた。
「丈先輩!」
「ミミさん!」
「あれ? 伊織君たちじゃないか」
「ハァイ。みんな元気だった?」
 城戸丈と太刀川ミミも伊織たちに気付き、駆け寄った。



*******



 都会とは違う新鮮な空気が肺を満たす。少し冷たい風は暖かな日差しと合わせれば丁度いい。そんな長閑な春先のキャンプ場には人気はまったくなかった。
(この場所はまったく変わらないんだな)
 鳥のさえずりの合間に光子郎の指がキーを叩く音を聞きながら、太一は祠を見回した。自分たちが初めてデジタルワールドに飛ばされる直前、吹雪を凌ぐために使った小さな小屋はあの時よりもボロボロになっていた。
「ここ、なんだか暖かいね」
「そうか?」
 ヒカリが興味深げに小屋を見回す。そういえばヒカリがこの場所にくるのは初めてだったな、と太一はぼんやりと思った。
光子郎が小屋の隅でパソコンを操作している姿、他の仲間たちが外を歩き回っている姿が過去の記憶と重なる。あの時に届かなかった小屋の扉の天辺は、今はやすやすと触れられた。
 この場はほとんど何も変わっていないはずなのに、何もかもが変わって見える。目線が高くなったからなのか、感覚が変わったのか。それらは無言のままに「もうあの頃とは違う」と訴えてくるようだ。
(俺たちはこんなに変わったというのに)
 空にデジヴァイスをかざしてみる。お台場でも光ヶ丘でも試してみたが、ここでも反応はなかった。
 異常現象が起きてから、デジヴァイスの画面は壊れた様にノイズが走っている。まるで何かにジャミングでもされているかのように、とは光子郎の弁だ。それは大輔たちのD-3でも同じで、この現象がデジモンに関連していると生々しく証明していた。
「タケル、やってみろよ」
 そんな太一の様子を見ていたヤマトがタケルに促す。タケルもD-3をかかげるが、やはり反応はない。
「やっぱりダメみたい」
 タケルは肩をすくめる。
「ここでもダメだったら、もう手がかりなんてないわよ」
(もしかしたら、俺たちじゃダメなのかもしれない)
 空の言葉を聞いて、ふと太一の頭の中で別の考えが浮かぶ。
前のデジモンカイザーの事件が始まった時、大輔たち新しい選ばれし子供が現れた。もし今回もデジタルワールドを揺るがす何かが起こっているのだとしたら、太一たちや大輔たちでもない誰が新しく選ばれたのかもしれない。
 そこまで考えて、一週間前の事件を思い出す。
(オメガモンは、アーマゲモンに勝てなかった……)
 オメガモンがいなければ勝てなかったのは間違いないが、それでも最後にアーマゲモンを倒したのは紛れもなくインペリアルドラモン。太一はその時のことを思い出すたびに、己の限界を知ってしまったような気がした。もし今回の事件でアーマゲモン以上の強大な敵が現れるとしたらオメガモンはもちろん、もしかしたらインペリアルドラモンでも、あるいは。
 下手をすればもう自分たちの知らないところで、新しい選ばれし子供たちは戦いを始めているのかもしれない。もしそうだとしたら、デジタルワールドは太一たちを必要としなくなったということだ。

「……必要と、されていない…………」

「太一?」
「どうしたの?」
 急に俯いて黙りこくった太一の顔をヤマトと空が覗き込む。影が差したようなその表情に、二人は言い知れぬ嫌なものを微かだが感じ取る。長年一緒にいた親友のこんな表情は初めて見た。タケルと光子郎も太一の様子を心配して歩み寄ってきた。
(あの世界に、俺たちはもう不要なのか?)
 さっきまでこの場に満ちていた鳥のさえずりも、草木の香りも、重い雰囲気にかき消される。
(だとしたら、俺たちはなんなんだ?)
 緩慢な動きで、太一はゆるりと顔を上げた。その光のない瞳を目の当たりにしたヤマトたちは息を呑む。今の彼は何を考えているのか、欠片も感じ取ることはできない。
「ねぇ、太一。何を考えているの?」
 空が不安を押し殺した声で尋ねるものの、太一は答えない。ヤマトと光子郎が彼の肩を揺する。
「太一さん! しっかりしてください!」
「ぼーっとしてる場合じゃないだろ!」
 そんな太一の目を、何故だか見ていられなくなったタケルは視線を逸らす。すると今度は別の光景が視界に入ってきた。
「ヒカリちゃん?」
 ヒカリはそんな太一や周りの様子に気付くことなく、小屋の中の一点をずっと見据えていた。
「また、あなたなの?」
 見えない何かに、ヒカリは手を伸ばす。
その呟きは聞こえなかったが、タケルはヒカリに歩み寄ろうとした。その時、突然小屋の中が彼女を中心に光り出す。どこまでも真っ白で穢れのない光だ。
「なんだ!?」
「これは、あの時の……っ!」
 陽の光とは全く異なるその眩い光に、ヤマトたちは咄嗟に腕で顔を覆う。光子郎はこの光に既視感を覚えた。
 太一もこの光で我に返ったかのように目を覆う。時間にして十秒も満たなかっただろう。光が収まり、小屋の中には先程と変わらずヒカリが佇んでいる。

「ヒカリ!」

 真っ先に太一が妹に駆け寄る。その瞳も雰囲気もいつも通りの太一で、ヤマトたちは安堵した。
 太一に肩をつかまれたヒカリは、緩やかに太一を見上げ、そしてタケルたちの顔を見て微笑む。これはヒカリではない。しかし、自分たちはこのヒカリを知っていた。
「デジタルワールドの安定を望むもの……ホメオスタシス」
 光子郎が真っ先に呟いた言葉にヒカリは頷く。
 それは、1999年の冒険の時、スパイラルマウテンで太一たちになぜ太一たちが選ばれし子供になったのか≠ニいう理由を語った存在だ。

「やっと、貴方たちとコンタクトをとることができました」

 ホメオスタシスはヒカリの声で、そう言った。





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