08. 突然の事件と再開と


「嫌な予感しかしないわ……」

 買ったばかりのピンクの携帯電話が焦げ臭い煙を立ち上らせる。ディスプレイには皹がはいり、バチバチと静電気よりも大きな破裂音を奏でる。
 それは完全に壊れていた。
 思いっきり逆パカしてやりたい衝動を押さえ、淑乃は苛立ちを逃がすように深呼吸をしてから空を見上げる。
 そんな彼女の周りでは、混乱して逃げ回る人びとの悲鳴と破裂音が絶えずに奏でられていた。
 新横浜駅周辺の電子機器は爆発し、混乱する町の光景が視界一杯に広がる。極めつけは七色に色を変える不気味な空だ。
 一緒に遊びに来ていた彼女の友人たちは、すでに淑乃を置いて何処かへ逃げていった。
「ほんと……最悪なんですけど……」
 そう呟く彼女は、この場にいる誰よりも落ち着いていただろう。





08.突然の再開と旅立ち





 この高いビルの上からはみなとみらいの空や海が一望できる。穏やかな潮風が頬を撫で、髪を緩やかに靡かせる。これだけを口にするなら何時もとなんら変わりない横浜の昼下りだ。
 空や海が青色ではなくデジタルな紋様を浮かべた不気味な七色に染まり、町の所々から煙を上がっていること以外は……。
 淑乃と黒崎美樹、白川恵はいつもの警官の制服から一転、違う制服を纏っている。
 今は解散されたDigital Accident Tactics Squad……通称DATSの制服だ。
「来たわよ」
 黒崎は修理を終えたばかりの腕時計を一瞥して、空をあおぐ。
 パラパラとプロペラの回る騒音とともに現れたのはヘリコプターだ。淑乃たちはすぐさま屋上の脇に非難する。
 ヘリは突風を巻き起こし、ビルの屋上に問題なく着地した。
「遅かったじゃない」
 ヘリから下りてきた少年に、淑乃は皮肉混じりの挨拶をなげる。その表情はどことなく嬉しそうだ。
「これでも急ぎましたよ、淑乃さん」
 少年は肩をすくめる。彼の表情も淑乃と同じで一ヶ月ぶりの再会を喜んでいた。
「はい。貴方の制服よ、トーマ君」
「トーマ君、早速だけど薩摩隊長たちが待ってるわ。詳しい話しはそこで」
「わかりました」
 白川が袋に入った青い制服を手渡し、黒崎は挨拶もそこそこに、ビルの中へ少年……トーマを促す。
 一刻を争う事態ということはトーマにも痛いほどわかっていた。黒崎の言葉に頷く。

 一ヶ月前までこの世界はデジタルワールドから迷い込んでくる未知の生物、デジモンによる事件が多発していた。詳しい説明は省略させていただくがDATSはデジモンという驚異からなにも知らない一般市民を守っていた。
 一ヶ月前、とある大災害をきっかけにデジモン事件はなくなり、DATSは解散された。しかし昨日、世界規模の異常現象が起きた。世界各地で電子機器が暴走を起こし、世界中の空が色を変えるというものだ。電子機器の暴走は今でこそ治まっているが、空の色が戻ることはない。
 昨日の異常現象発生から一時間あまりのこと。デジモン研究の第一人者である超生物学者である大門英と、超空間研究の第一人者である野口憲治が「デジタルワールドになんらかの異常事態が起き、それが人間界にもこのような異常現象を与えている」と結論付けたのだ。
 日本を含む世界政府はすぐさま解散されたDATSの元隊員たちに緊急召集をかけた。それは淑乃たちが所属していた横浜支部も例外ではない。

 急遽ビル内のフロアに作られたDATS仮設本部。隊長の薩摩や所長の湯島を始め、そこには一ヶ月とほとんど変わらぬ顔ぶれが揃っていた。
「トーマ!」
「トーマくん!」
 ぱたぱたと足音をたてて、トーマよりも小さな子供がかけよってきた。
「イクトに知香ちゃん、久しぶりだね」
 抱きついてきた大門知香を受けとめ、野口イクトに笑いかける。
 辺りを見回してみると知香やイクトだけでなく、大門家と野口家の全員が揃っていた。全員と軽く挨拶をかわしつつ、トーマは奥の丸い機械の前で大門英と話し込んでいた男の元へ向かう。
「お久しぶりです、薩摩隊長、大門博士」
「あぁ。突然オーストリアから呼び出してすまない」
 薩摩の言葉にトーマが短く「いいえ」と答える。「トーマ君も元気そうで何よりだ」と朗らかに笑う英の姿が、今はデジタルワールドで武者修行をしている友人の姿と重なった。
 どうやらトーマが到着したことにより、予定されていた全員がそろったようで、薩摩が声を上げる。定式通りの挨拶を一通り述べ、すぐさま本題に入った。
 現在起こっている以上現象、その原因はデジタルワールドにあるというのはほぼ断定されている。
 そこで英は今現在デジタルワールドにいる唯一の人間であり、息子である大門マサルに連絡をとろうと試みたのだという。
「マサル、なんて言っていた?」
「それが……まったく消息が掴めないんだ」
 一ヶ月前彼が旅立つ直前に通信機を渡し、更にデジヴァイスに発信機まで仕込んだにもかかわらず、マサルの足取りがまったく掴めないのだという。
 それがデジタルワールドの異常のせいなのか、それともマサル自身が発信機や通信機になにかやらかしたのかは定かではないが、トーマと淑乃は頭を抱えたくなった。
 そしてここまでの話でなんとなく先が読めてしまったトーマは一つため息を吐くと先に切り出した。
「わかりました。僕と淑乃がデジタルダイブして調査してくるとともに、マサルを連れ帰ってきます」
「ありがたい提案だが、パートナーがいない分、危険が伴うぞ?」
 DATSのパートナーデジモンはすべてが終わった後、デジタルワールドを復興するために帰ってしまった。あちらにいけば会えるだろうが、すぐに会えるという保証はなく、見つかるまでに凶暴なデジモンに遭遇しないとは限らない。
 本来ならば、デジモンと素手で渡り合うほどの身体能力を持っている英がダイブするべきなのだろう。現に英は真っ先に自分がダイブしようとしたが、デジモン研究の第一人者という立場と自分たちの安全最優先の政府がそれを許してはくれなかったのだ。薩摩もほぼおなじような理由だ。
「僕は大丈夫です。それに世界のDATS隊員の中でも、デジタルダイブの経験があるのはこの横浜支部のメンバーだけです。僕らが行くしか選択肢はありませんし、そのためにその機械を用意したんですよね?」
 トーマがさらりとそう答え、奥にある丸い機械を示す。それは野口の家の地下にあった次元移動装置だ。急遽ここに移送されたのだろう。
英はいささかホッとした表情を浮かべ、薩摩は頷いた。淑乃は「私も!?」と驚いていたがこの空気では淑乃に拒否権はないだろう。
「俺も行く! トーマと淑乃、パートナーいない! 俺はデジタルワールドに詳しい、力になれる!」
 十年もの時をデジタルワールドですごしたイクトならば、たとえパートナーがいない状態でデジモンに襲われてもある程度の対処方法は熟知している。しかし、イクトはDATSの正式なメンバーではないうえ、トーマたちに比べるとまだ幼いのだ。
薩摩と英は安易に許可を出せず、彼の両親である野口夫妻をみやる。野口憲次はなんと言ったらいいのか迷っているようだ。一ヵ月前にやっと再会し、一緒に暮らせるようになった息子がまた自分たちの元から離れるのをあっさり許せるわけはない。しかし、イクトの覚悟もわかっているので頭ごなしに拒否することもできなかった。
「父さん、母さん……俺……」
 そんな両親の心情を敏感に感じ取って、イクトは不安げに両親を見上げる。

「……いってらっしゃい、イクト」

 短い沈黙の後、驚くことに、母である美鈴は微笑んで了承した。それは辛い決断だったのだが、それでも彼女は微笑んで息子を抱きしめた。
「あなたが無事に私たちの元に帰ってくると、信じているから」
 母親のその言葉に、イクトは力強く頷いた。




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