あれはとても寒い日だった。
その日神奈川では初雪が観測され、外に出ると白い息が出た。

「名前、忘れ物は大丈夫?」
「うん。何度も確認したから心配しないで」
「じゃあ、頑張って来るのよ?」
「うん、頑張って来るね!それじゃ、行ってくるね。」

今日は志望校である海南大附属高校の試験日。
昨夜、何度も確認して準備は万端だ。
後は自分の出せる力を出し切るだけ、そう思っていたのに。

「ない!ないないないない!」
私はとにかく焦っていた。
学校に着くと指定された席に座り、早速受験票やら筆記用具を机に並べる。
すると、消しゴムがないことに気が付いた。
あれほど確認したのにないはずがないと、カバンに手を突っ込み隅々まで確認してみたけどやっぱりない。
すると、昨日のことを思い出した。
確認した後、再び最後の追い込みで勉強を始めた時、机にしまってあった予備の消しゴムが見当たらず、しかたなく受験に持っていくはずだった消しゴムを出して使っていた。

「あ!あれから戻してない気が・・・」
忘れた理由を思い出し顔が真っ青になる。
シャーペンの後ろに消しゴムはついてたけど、それだともし全て使い切ってしまったらと考えると怖くなる。
しかももう直ぐ試験が始まりコンビニに行っている暇はもうない。

そんな風に焦っていると、左側から手が伸びてきて机に消しゴムが置かれた。

「え・・・」
「消しゴムないんでしょ?俺、2つもってるからよかったら使って。」
手の伸びてきた左側を見ると優しそうな男の子が笑顔を向けながらそういった。
その笑顔にドキッとする。
私は、少し照れながらも、
「ありがとう、使わせてもらうね。」とその男の子に返事をした。


試験終了後。

「終わったー!!!」
試験を終えぞくぞくと教室にいた人たちは出ていく。
開放感に浸ることもなく、消しゴムを返さないととすぐさま左側をみると既にあの男の子はいなくなっていた。
私は消しゴムを握り、”どうしよう”と呟いた。

***

数か月後、季節は春。
私は無事、試験に合格し海南生となった。
入学式の日、あの男の子の姿を探してみたけど見つけることができなかった。
なんせ人数が1年だけでも10クラスはあるし、もしかしたらこの学校じゃない可能性もある。
けど、もう一度会える気がして私はいつも消しゴムを持ち歩いていた。

入学式から1週間たった。
今日は初部活の日。
私は中学の時は、バスケ部のマネージャーをしており高校でもマネージャーになるつもりだ。

早速体育館に向かうと、既に新入生らしき人たちが集まっていた。

「あ!君!君も部室で入部届書いてね。」
先輩にそう言われ部室に入ると数名の男の子達が、机に向かって入部届を書いていた。

私も机に置いてあった空欄の入部届を1枚取り書き始めると、私の隣の男の子が字を間違えたのか「あ、間違えた」と一言呟いた。
けれど、消す様子もなくあたりをキョロキョロと見回し始める。

「よかったら使ってね。」
私はポケットに入れていたあの消しゴムを取り出すと、男の子の入部届の上に置いた。

声を掛けた後、彼の顔を見ると
「あ!あの時の・・・」
受験の日消しゴムを貸してくれた彼だった。


入部届を書き終えると、彼は私に消しゴムを渡してきた。

「ありがとね。助かったよ」
受験の日と同じように笑顔でそう言って、体育館へと戻ろうとする。

「あ、あの!」
「ん?何?」
「この消しゴム、あなたのだから・・・」
そう言って消しゴムを渡そうと彼に手を出すと

「この消しゴムは、君が使って?使い終わったら教えてね。」
その一言だけ言って、彼は体育館へと行ってしまった。

返された消しゴムを見てみたが、特に変わった様子もなく私はまたポケットへとしまい込んだ。

***

それから、私は言われた通り彼の消しゴムを使っていた。
使い終わったのは、あれから半年がたった頃。

「神君。」
放課後、神君がシューティングをしている時に私は声を掛けた。

「ん?何?名字さん。」
「あのさ・・・あの消しゴム使い終わったよ。」
「そっか。」
使い終わったことを神君が言うと、ニコリと笑顔を見せた。

私は、ずっと気になっていたことを神君に聞いた。
「・・・神君、どうしてあの消しゴムを私にくれたの?
「それはね、・・・恋を叶えたかったからかな。」
そう一言だけ神君は言うと、シューティングの練習を再開した。

え?恋を叶えたかった?恋?誰への?
訳がわからずその場に立ちすくみ考えていると、
一度手を止めた神君は、
「名字さん、俺が練習終わるまでに分からなかったら教えてあげるよ。」といった。

それから神君がシューティングが終わるまで考えてたけれどやはり答えはでなくて

「名字さん、答えは分かったかな?」
着替えを終えた神君は、私にそう聞いて来た。

「ごめんね、わからなかった」と伝えると、
「今日は遅いから帰ろうか。送っていくからその時に教えてあげる。」
そう言われて私たちは一緒に帰ることになった。

帰り途中、黙っている神君に私は聞いた。

「神君、それで・・・「あぁ。それはね、俺は初めてあった時から君が好きだったからだよ」
笑顔でいう神君の答えを聞いて、私は目を丸くした。

***

あれは、中学最後の夏の大会の時。
俺の中学と彼女の中学が試合で当たった時のことだった。

試合は俺のチームが勝って、彼女のチームは負けた。

「おいおい、名前泣くなよ!」
「だってぇ・・・、みんな頑張ってたんだもん・・・あと少しだったんだもん。」
体育館のワンワン泣く彼女の姿。
俺はその時、感情豊かな子だなという印象だった。

それから、控室の片付けも終わり帰ろうと玄関へと皆で歩き出した時、

「あ、俺、喉乾いたから飲み物買ってくるよ」
と、近くにいた部員に声を掛けると、一人輪を離れて自販機へと向かう。

ガタン。

俺が自販機の近くまでくると、先客がいるようだった。
その人は、買い終わったのかこちらに向かって歩いてくる。
すると、その人と目があった。
彼女だった。

「あ・・・」
「あ、4番の人ですよね?」
思わずあっと声を出したら、彼女から声を掛けてきた。

「4回戦、進出おめでとうございます。」
そう笑顔で彼女は言った。
「あ、・・・うん。」
負けて残念だったねって言う訳にもいかないし俺は何て言おうか困った。

「私、対戦チームがあなたのチームでよかったって思ってるんです。
うちの中学弱小だから、3回戦までこれたのだって奇跡に近いのに、今日はすごくいい試合が見れました。
これまで弱小だからって明らかに手を抜かれてて悔しい思いしてきたのに、あなたのチームは違った。
だから、うちのチームは負けちゃったけど、あなたのチームなら勝ってくれて嬉しいって思ったんです。」

笑顔で俺にそういう彼女に俺はドキっとした。

「あ、ありがとう。」
「応援にはいけないけど、次の試合も頑張ってくださいね!!!」
そういって彼女は俺の前から去っていった。

あれから、俺たちのチームは次の試合で勝って準決勝まで進んだが、残念ながらそこで負けてしまった。
正直4回戦の相手が強豪で有名なチームだったから、正直厳しいとも思ってたんだけど、
俺は彼女の言葉を思い出し何とか勝利を掴むことが出来た。

それから、俺は部活を引退しバスケで有名な海南を合格するため、勉強を頑張っていた。
いつかバスケをしていれば彼女と会えるんじゃないかと思ったからなるべく強いチームに入りたかったから。
そして、ついに彼女に再会する日が来た。
そう、あの受験の日。

教室から入って来た時から彼女の存在には気づいていた。
俺の右側に来た彼女に声を掛けようかと迷ったが、もしかしたら俺の事覚えてないかもしれないと思い躊躇していた。

すると
「ないないない!!」
彼女がなにかを探しているようだった。
机を除き込むと、消しゴムだけがない。
たぶん忘れたんだと思い、俺は持っていた予備の消しゴムを彼女の机へと置いた。
そして、試験が終了するとともに俺はすぐさま教室を出た。
もし、お互い海南に受かったら話すきっかけになってくれるかもと思ったからだ。

それから季節は流れ春になった。
俺は、期待に胸を膨らませながら海南へと向かった。
夏の試合の時、選手名簿で見て彼女の名前は知っていたから、張り出されたクラス表をくまなく探す。

「あった!」
彼女は、A組。俺はE組だった。
クラスが違うことに落胆しつつも同じ学校である以上、いつか会えると思えたからよかった。

そして部活最初の日、あんな形で彼女と再会することになったのだ。

***

「うそ・・・」
「ホント。受験の時、名字さん俺の事覚えてないんだもん。だからさ、わざと消しゴム置いてってまた会えるきっかけ作ったの。」
「そうだったんだ。じゃあ、入部届書いてるときに消しゴムを私にくれたのはなんで?」
「それはね・・・おまじない。君と両想いになれますようにってね。」
「・・・え?」
「君に消しゴムを上げる前、俺の名前を消しゴム書いたんだ。それを使い終われば恋が叶うって。」
そういうと、神君は私に笑顔を向けてきた。

私も、神君の事をずっと気になっていた。消しゴムを貸してくれた時から。
彼の優しさと笑顔に惹かれたんだから。
だから体育館で再会出来た時、本当にうれしかった。
けど返す時、神君はそっけなかったから私の片思いなんだって思ってた。

「名字さん、俺と付き合ってくれる?」
「うん。喜んで!」

ジンクスでうかな

「まさかなぁ、本当に叶うなんて思わなかったよ」
「ほんと、神君がそんなおまじないかけてるとは驚いたよ。」

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