俺はこの春大学を卒業して社会人になる。
都内の総合商社への就職が決まり、来週に控える大学の卒業式を終えて直ぐに会社近くへ引っ越す予定だ。
今はまさしく引っ越し準備の真っ最中。
そんなに物は持っていない方だけど、長年クローゼットの奥にしまわれた段ボールを引っ張りだして開けてみる。
そこにはこれまでの思い出が詰まってるかのようにバスケ関連のものでびっしりだった。

一つ一つ中身を出して行く。
時々、”あーこれ懐かしいな”とか、”こんなことあったな”とか思い出に浸りながらどんどん段ボールの中身はなくなっていき

「あ、これ・・・」

最後のひとつだったそれを手に取り、淡い恋を思い出した。

***

あれは俺が海南に入学してすぐのことだ。
俺は、入部届を握りしめ体育館の入り口に立っていた。
あの有名な海南のバスケ部に入部するんだと思うと、言いしれない緊張感に包まれる。
意を決して体育館のドアを開けようと手を伸ばそうとうした時、あの人から声を掛けられたんだ。

「あれ?もしかして君、入部したいの?」

俺は急に声を掛けられてビクッと肩を震わせると、声の主の方へと向く。
そこに立っていたのは1年先輩でバスケ部マネージャーの名前さんだった。

「どうしたの?入らないの?」
名前さんははじけるくらいの笑顔で俺にそう言った。
初めて会ったこの時から名前さんの笑顔は太陽みたいだなって思った。

部活でしか会えないけど俺は少しでも名前さんと一緒にいれることが嬉しくてたまらなかった。
いつしか名前さんに惹かれている自分がいた。
いや、あの日声を掛けられた瞬間から俺は名前さんに恋をしてたんだ。

***

「宗!おはよ!!」
俺はいつしか名前さんに名前で呼ばれるようになった。
ある日突然呼ばれて心底驚いたけど、その日は授業中も舞い上がっていたことを良く思い出す。

名前さんは、部員を名前で呼ぶ人だった。先輩後輩なんて関係なくだ。
たぶん後輩で初めて名前さんから名前で呼ばれたのは俺だったと思う。
陰では名前さんに名前で呼ばれるようになれば部員として認められたってことだなんて噂がたったくらいだ。
だから俺は嬉しくてたまらなかったんだ。

***

「お前にはセンターは無理だ」
監督に突き付けられた厳しい言葉に、俺は顔には出さなかったけど悔しくてたまらなかった。
言われなくても分かってた。
俺は、牧さんや高砂さんみたいながっちりした体はしてないし、食べても太らない体質でパワーとは無縁の体形。
練習してても何度も何度も吹っ飛ばされて、体中あざだらけだった。

監督から話をされる前から俺は、一人でシューティングの練習を始めていた。
このままセンターのポジションを望んでも、無理なことがわかっていたからだ。
だから、海南には宮さんしかいなかったロングシュータになるべく皆が帰った後、俺は練習を始めた。
始めたのはいいものの、いままでロングのシュートなんてほとんど打ったことないから全然リングに当たらなくて、虚しく床へと落ち転がっていく。
床には散らばったボール。籠にはもうボールがなくて拾おうと歩き始めると、

「宗、頑張ってるね!」
声を掛けてきたのは名前さんだった。
「名前さん・・・」
「ボール拾いやるからさ、練習しなよ。ね?」
笑顔で俺にそういうとボールを拾い始める名前さんに、俺はコクリと頷くと再び練習を始めた。
練習を終ると、俺は名前さんを送って帰った。
名前さんの家の前についたとき、
「宗はさ、努力してるんだからきっと監督にも分かってもらえるよ。レギュラーになれるといいね!!」
そう言われた。
俺はこの言葉を励みに練習を頑張れたんだと思ってる。


***

3年が引退した冬の選抜で、俺はようやくレギュラーの座を射止めた。
監督から発表があった後、俺以上に喜んでくれたのは名前さんだった。

「宗!レギュラーおめでとう!!!本当によかったね!!」
初めて会った日と同じくらいの笑顔でそう言ってくれた名前さん。
「ありがとうございます。名前さん」
俺も自然と笑顔になった。


それから1週間たって試合の当日。

「いくぞ!!!」
牧さんの声に、俺たちはならって控室からコートへと向かおうとした時。

「宗!待って。」
一番後ろを歩いていた俺は、名前さんから声を掛けられた。
「どうしたんです?名前さん」
そう俺が言うと、腕を急に掴まれた。
突然のことで驚いた顔で、名前さんをみると俺の腕にミサンガを付けてくれた。

「これ・・・」
「うん。宗がレギュラーになったら渡そうと思って!背番号入りなんだよ?」
飛び切りの笑顔で言う名前さんに、俺は嬉しさを感じつつ
「ありがとうございます。大事にします」
と感謝の気持ちを伝えた。

俺はその後、ミサンガにある願いを掛けた。
叶うことを祈って。

***

「いろんなことがあったな」
俺は、ミサンガを見つめながら昔のことを思い出していた。
ミサンガは切れてボロボロだった。
けどそれをなんで捨てなかったかというと・・・

「宗一郎!!!電話!!」
「はい。」
俺は電話を取りに部屋を出て階段を下り、子機をもってまた部屋へと戻った。

「もしもし名前?」
「宗!準備は出来た?」

思い出のミサンガ

「明後日から一緒に住むんだね」
「そうだね。楽しみだな」

俺がミサンガにかけた願いは、名前さんと両想いになることだった。

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