※名前変換なし

「……ごめんなさい。本当に…、」


その言葉を聞いた瞬間、俺は何かが崩れた音を聞いた。
息ができず、ただただ悲しくて、去り行くお前の背中を見ながら人知れず、涙をこぼした。


***

彼女にあの言葉を告げられてからもう1週間が経った。
学校が同じのあいつとはずっと一緒にいた。それこそ、朝から晩まで。
朝は一緒に学校へ行ったし、朝練の時だってフェンスの外を見ればフェンスから少し遠い所にはいつもあいつがいた。俺様が試合に勝つと、自分のことのように喜び、頬を緩ませるあいつ。


「やったね、景吾!おめでとう!」
「あーん、当たり前の結果だろ。」


口では当たり前だと言いながらも、実際のところはあいつの喜ぶ顔を見てやっと、俺は勝ったんだと実感していた。昼だってずっと一緒にいた。裏庭の人気の少ない場所、それが俺たちの居場所だった。


「ここっていつも静かだよねーなんでだろー?景吾知ってる?」
「さあな。」


俺が人払いしていることにも気づかない、鈍感なあいつ。お弁当を食べるとすぐ眠たくなるあいつ。どんなところも全てが可愛くて仕方なかった。

だから。
いつまでも、いつまでも。
こんな俺たちでいられると思ってたんだ。
ずっと一緒にいられると、思ってた、んだ。

あの時までは。


***


「景吾、あのね…」
「あーん?どうした、」
「私たち――――…」
「…は…?」


信じていたものが、目の前で崩れ去る 音 を聞いた。


***


学校からの帰り道。いつも通り家の車で帰る。
いつも横にいたのに。横に座って、慣れたら良いものを全く慣れないではしゃいでいたお前。少し騒がしかった車内も、もうあの音を奏でることはないだろう。
全くの静寂。ふと、窓の外に海が見えた。…あいつと初めて行った、海。


「おい、ちょっと止めろ。」


キキーッと音立てて車は止まった。黒塗りのベンツは目立つ。


「お前ら、先に帰ってろ。」


戸惑ってはいたが、俺様の言葉は 絶 対 だ。
去り行く車を見送り、俺は海岸へ降りた。


「…………。」


あいつのいない海…静寂が支配する、海。
なんでこんなに違うんだろう。あいつとだったら季節外れでも海は輝いて見えた。



「あはは、景吾見て見て!季節はずれの海!人いないねー」
「当たり前だろ。こんな時期に来たがる変人、お前ぐらいだ。」
「何をう!私だけじゃないはずだって!」
「いないいない、ほら行くぞ、変人。」
「ひどーい、変人じゃないってばー!」



記憶が蘇る。
そうだ、海に行きたいと言い出したのはお前だった。あれは付き合い始めたばかりのころ。



「景吾ー、あのね、あの、今度海行きたいッ!」
「あーん、海ぃ?お前馬鹿か?時期外れも良いとこだろ」
「だってっ!ゆ、夢だったんだもん…す、好きな人と海に行くの………もうっなんでもない!景吾のバカ!」


そう言って跡部に背中を向けると、去ろうとする。跡部はそんな彼女を後ろから抱きしめた。


「ははっ、わかったわかった、お姫様」
「私姫じゃないもんっ」
「何言ってんだ、お前はキングの女なんだから、姫か妃に決まってんだろ」
「妃なんて可愛くない…」
「だから姫って言ってるだろうが。」
「へへっ、うんっ!」



あの時の嬉しそうな笑顔が頭から離れない。
砂浜に相合い傘書くんだ、だなんて言って、お約束のように波打ち際に書くもんだから波に浚われて拗ねてみたり、その癖「漫画みたーい!」なんてすぐに笑顔に変わる。



「恋人ごっこしよっか。」


すでに恋人同士なのに何故に恋人ごっこ。そんな疑問を口にする暇もなく駆け出したあいつ。


「捕まえれるもんなら捕まえてみろーっ」


そう言って、あっかんべーと舌を出して走って行くあいつに呆然としつつ、すぐ我に返った俺はにやり、と口角を上げると適度に手加減をしながら走り出した。



あちらもこちらも、浜辺のいたるところがあいつとの思い出で満ち溢れていた。歩を進める足取りが重くなり、あの日のように、歩くことなんてできなかった。あいつが控えめに告げたあの言葉。


「景吾、私たち…友達に戻ろう?」


俺を傷つけまいと必死に言葉を選んで発されたあの言葉。あれが、俺に対する最後の優しさだった。俺様もきちんとした人間だったようで。世の中の大抵の人がそうであるように恋に溺れ、この関係がこれから先も永遠に続くものだと過信し、今が楽しすぎて、眩しすぎて、目が眩んでその先が見えてなかったんだ。


「景吾様、私と一緒にいる時に、何を考えてらっしゃるの?」


声をかけられて、我に返った。そうだ、今はデート中。こいつは、俺があいつと別れてから告白されてなんとなく付き合った女。興味も無い上に、自意識過剰で、嫉妬深く、いい加減飽き飽きしていた。
そんな相手といるからだろうか?
いや、誰といても、俺はこうなるだろう。街中どこをみても、あいつとの思い出が蘇る。
もう終わったことだ、忘れたんだと割り切った筈なのに、この感情は押し殺したはずなのに、忘れる、なんてこと全くできていなかった。
ただ傍にいて笑い合えていた何気ない毎日があんなに大切なものだなんて気づかなかった。
気づけ、なかった…。



「あはは、景吾見て見て!季節はずれの海!人いないねー」

「ひどーい、変人じゃないってばー!」

「だってっ!ゆ、夢だったんだもん…す、好きな人と海に行くの………もうっなんでもない!景吾のバカ!」



笑った顔、怒った顔、拗ねた顔。
コロコロ変わるあいつの表情が走馬灯のように俺の中を駆け巡る。あいつと過ごしたあの時はもう幻であるように…。

I miss you so much....もし、もしも今願いが叶うなら。
「もう一度…」なんて、「あの日々に返りたい」なんて言わねえ。
できることなら、あいつと出会う前まで時間を戻してほしい。
あいつの存在さえも知らないままで、あいつと出会うことがない、遠い遠い街へ行きたい。

今でもふとした瞬間、お前を思い出す。
瞼の震えが、止まらなくなるんだ。

I miss you.
song by コブクロ
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