ちゅんちゅんとすずめがさえずり、ぽかぽかとした日差しがカーテンの隙間から部屋へ入ってくる。
ふわりと漂う良い匂いが鼻腔をくすぐり、男は目を覚ました。

手元の時計を見る。AM8時。どうやら自分にしてはゆっくり寝てしまったようだ。今日は休みか、と安心しベッドから抜け出した。

少しだけ開いていた寝室の戸を静かに開くと、とんとんぐつぐつと調理をする音と共に鼻歌が聞こえてくる。ごきげんなようだ。
男はくすりと笑いを漏らすと、キッチンへ向かった。


「ん、今日のお味噌汁も美味しい!」


上機嫌に味見をする彼女の後ろにそっと忍び寄る影。


「わ、なに」


名前、と名前を呼ばれると同時に、のしっとなにかにのしかかられ、振り向いた。そのなにかは後ろから彼女を抱きしめたまま彼女の首筋におでこを押し付けている。


「おはよう」


首筋に顔を寄せたまま彼が口を開いた。
吐息が首にかかり、そのくすぐったさに身をよじる彼女を閉じ込めるように抱きしめる力を少し強くする。


「ふふ、もう。おはようございます。今日は少しお寝坊さんですね?」
「ああ。よく寝たようだ」
「それは良かった。ほら、ご飯作れないから離して」
「...もう少し」
「もう。あと少しでご飯できるから、先に顔を洗ってきてくださいな」


にこにこと話す彼女。いつも多忙な彼がゆっくりと睡眠をとったことが嬉しいようだ。
なかなか離れず少し邪魔な彼を促すものの、全く離れる様子がない。ほら、と再度促し、仕方なく離れる彼の後ろ姿を見送る。


「あ。洗面所のタオル洗濯機に入れちゃったんで新しいの出しておいてくださいねー」


言われた通り顔を洗いに行くであろう彼に投げかける。彼が起きたら寝間着を洗濯機に入れて回してしまおうと思って洗うものを回収してたんだった。すっかり忘れていた。遠くから、「わかった」という声が聞こえて、また料理に戻った。



「ご飯できましたよー。冷めないうちに食べてください」


彼女がそう声をかけたのは、彼が身支度を終えたすぐあとだった。



いただきます、と手を揃えて言う。どうぞおあがりください、とにこにこと笑う彼女を前に、彼はどうやら上出来だったらしい味噌汁を一口啜った。


「今日も美味いな」
「ふふ、ありがとうございます」
「俺が当番の日もこんな味にしようと思うんだが、名前が作るようにはなかなか上手くいかないもんだ」
「そうですか?私は蓮二さんの作るお味噌汁好きですよ」
「そうか?」
「そうです」


ふ、と顔を見合わせ笑う。2人で楽しく会話をしながらの食事。彼はいつも私の料理を褒め、美味しそうに食べてくれる。嬉しいなあ。ふにゃりと顔がにやける。そんな彼女を非常に優しい顔で見つめる。


「「ごちそうさまでした」」


2人仲良く手を揃えて。彼が二人分の食器を流しへ持っていく。


「あ、置いといてくださいね」
「いや、俺が洗っておく」
「え、いいですよ」
「たまにはさせてくれてもいいだろう」
「...なら、お言葉に甘えて。私はお皿拭きますね!」


2人で並んでキッチンに立つ。彼が洗ったお皿を彼女が拭いて片付けていく。その2人で一緒に並んでいる様が、まるで夫婦のようだ、なんて。少し頬が火照るのを感じる。


「夫婦みたい、と思っている確率95%」
「わ、当てられちゃいました!」
「顔がにやけているぞ」
「えー恥ずかしい..」
「ふ、」


言い当てられて恥ずかしかったのか、両手で顔を隠す彼女を見て、彼の頬も緩んだ。可愛い奴め。口には出さないが、その緩んだ顔が物語っている。


「あ、そうだ、お洗濯して来ないと!」
「それなら俺が回しておいた」
「え!?」
「あとは俺の寝間着を入れるだけだっただろう?」
「そうですけど、えー、ありがとうございます」
「できることをやっただけだ」


微笑みながら、彼は彼女の頭にぽんと手を置いた。彼女はその手に自分の手を添えながら、もー、、と拗ねたように口を尖らせる。


「どうした?」
「私が喜ばせてもらってばっかり、なんかずるいです」
「そんなことはない。俺も毎日名前にたくさん幸せをもらっている」
「そんなんじゃ足りないです、私がもらってる方が大きいですもん!」
「そんなことはないが、」
「そうなんです!だから、私に何かさせてください」
「そうか...では、洗濯物が干し終わったら今日は一緒に出かけよう。行きたいところがあるんだ」
「!わかりました!すぐ干してきますね!」


嬉しそうに返事をすると、ぱたぱたとスリッパを鳴らして洗濯機へ急ぐ。その後ろ姿はどうにも嬉しくてしっぽをぶんぶんと振っている子犬のように見える。
本当に可愛いやつ、と優しげな眼差しで彼女を見送る彼がいた。


「ところで、どこに行くんですか?」
「スターバックスだ。」
「え、珍しい!」
「ちょっと期間限定のスノー ピーカン ナッツ ラテが飲みたくてな」
「わ、それ私も気になってたんです!!すごい偶然!行きましょ行きましょー!」


会話をしながら楽しそうに洗濯物を干す彼女。彼の目当てのものが自分が気になっていたものだとわかり、さらにはしゃぎだした。
偶然だ!だのと騒いでいる彼女を見て、彼はそっと笑みをこぼした。


偶然?そんなわけはない、必然だ。
お前が気になっているものがわからないわけないだろう。

自分がそう思っていることを教えるつもりもない彼は「すごい偶然だな」と返し、笑みを深くした。
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