指先の温度


毎日会えないからって不安になったりはしない。何だかんだいって、きっとお互いがお互いを一番理解してると思うから。

でも、会った時くらいはこういうのもいいのかもしれない。


***

すっかり肌寒くなった今日この頃。
首にはマフラー、制服の上にはコート。手袋だけは最後の抵抗として、まだタンスのなかで眠っているけど、吐く息は真っ白で。
乾燥する季節だなー、なんて考えながら歩いていた帰り道。

ヤツに出くわした。


「あれ、今帰り?」

なんて、ありきたりな言葉をかけてくる。
私の彼氏、村田健。


「まあね、健も?」

今が帰りかどうか、健の格好を見れば一目瞭然。それでも聞くのはそれが「いつもどおり」だから。

「うん」

いつもどおりの返事。そして、いつもどおりそのまま一緒に歩きだす。

これが私たちの間でパターン化した流れ。


「寒くなってきたねー」

そういって笑いかけてくる健の首にもマフラーが。
マフラーにコート着用、手袋のみ無しと言う装備は同じようだ。


「寒いのは嫌いなんだけど」


そういって不機嫌になってみれば、健は苦い、でもどこか楽しそうな笑みをみせた。
そんな健をよそに、私は目的のものを見つける。

「健、あれ食べたい」


指差した先にあるのはコンビニ。
普通なら、「あれ」が何かなんてわからないけど、健ならわかる。
ちなみに、何も言わなくても、お代は健持ちだ。


「毎日よく食べるねぇ・・・」
「毎日じゃない。健と逢った時だけよ」
「・・・・・」

そのまま一緒にコンビニに入る。


「肉まん一つくださーい」

健が店員に言ってお金を払うのをぼんやりとみる。

「三日ぶりかしら」


待ち合わせなんてことはしない。お互い、帰りにあったら一緒に歩いているようなものだから、へたすると何週間も逢わないこともある。
待ち合わせなり何なりすれば毎日一緒に帰ることもできるのだろうけど、わざわざそれをすることはしない。
理由は、と言うと、特に何かあるわけでも無いのだけれど。

「はい」
「はい、どーも」


紙袋をうけとって再び寒空の下へ。
中から出した肉まんは温かいと言うよりは熱くて、やせ我慢を続けて冷えた指先もすぐに温まった。

店の立ち並ぶ通りを二人で歩く。
話すことはいろいろ。お互いの学校であったこととか、来週の休日の予定とか。


「そういえば、この前渋谷も肉まん食べてたっけ」
「へぇ。・・・・渋谷有利と今でも付き合いあるんだっけ。」
「うん」

同じ中学だった渋谷有利の名前は健の話の中でときどき聞く。
中学時代は特別仲が良いようには見えなかった二人が、高校に入った今でも付き合いを持っているのは不思議だが。


「ごちそうさま」

食べ終えた肉まんのゴミを近くのごみ箱に捨てる。それまで肉まんの熱で温まっていた指が、急に冷えた。


「そろそろ手袋も必要かしら?」

手に息を吹き掛ける。一瞬だけのぬくもりはあっと言う間に消えて、またすぐに冷たい空気が指先を襲う。そんな私を見て、健はふと何かを思いついたようだ。

「・・・名前?」
「ん?」

呼ばれて、私より少し上にある健の顔を見上げれば、二つの瞳とまともに視線がぶつかった。
思わず視線をそらしてしまう。
そのまま黙っていたら急に手を掴まれた。


「健?」

私の問いを無視して、健はそのまま私の手と自分の手を自分のコートのポケットの中に収める。
ポケットの中でしっかりと手を繋がれ、私は思わず再び顔をあげた。


「こうしてた方が温かいでしょ?」

そこにあったのは余裕のある笑み。
それを心の何処かで嬉しく思いながらも、つい自分だけが照れてしまっていることが何だか悔しくて、思いっきり憎まれ口を叩く。


「別に・・・そんな寒くもないし。頼んでない。」

嘘だ。
しかし、そんな私の憎まれ口など健はお見通しのようで。

「それでも別にいいよ」

ただそれだけ言って、繋いだ手に少しだけ力がこめられた。
そのまま、健にポケットの中で手を繋がれながら歩いた。
そして、やっと私の家の前に辿り着く。

私の手を握る健の手が緩んだ。指先にあった温もりが無くなっていく。
急に淋しくなった。
そのせいでつい、健の手を掴んでしまう。

「・・・#名前?」

驚いたように健がこっちを見た。
それで自分のしたことに気付いて慌てるが、もう遅い。
私は腹をくくった。


「・・・さっきの嘘。・・・・・ホントは温かかった。それじゃ!!」


自分でも何をいっているのかわからない。けど、とりあえず言うだけ言って、さっさと家に入ろうとする。
が、


「へ!?」


放そうとした手を再び掴まれ、そのまま引き寄せられる。
あっと言う間に私は健の腕の中にいた。


「ちょっ!健!?」

一応抵抗してみるも、男女の力の差は歴然。何か意味を成すわけでもなく。
それならばと、説得を試みる。


「あの〜、寒いから早く家の中に入りたいんですけど。しかもここ住宅街のど真ん中だし」


しかし本人は全く気にもとめない様子。

「人が来たら、来たでいいんじゃない?それに・・・」
「それに?」
「こうしてれば寒くないでしょ?」
「っなっ!」


一気に顔が赤くなる。
そんな私を見て健が笑った。

「名前って結構照れ屋だよね〜」
「っうっさい!!」

顔を隠すように健のコートに顔を埋める。
それによってまた、ほんの少し、健との距離が縮まった。
・・・近所の誰かに見られたら恥ずかしいし、明らかに健のペースに乗せられちゃってるし、私ばかりが照れてて悔しい。
でも、
温かいから。
・・・だから、今日この時だけは、もう少しだけ許してやろう、
そう思った。

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