頭が痛い。
悪い…じゃなくて、痛い。いや悪いけれども。そんな戯れ言を言うのも若干キツいくらい体調が悪い。歩く度にガンガン鳴り響き、尋常じゃない痛みに襲われる。
「おい、大丈夫か?」
ぼやける視界にひょいと入り込んできた鮮やかな芝生………間違えた、隆文くんだった。
「だい…じょうぶい…」
「うわだめだこりゃ。おーい青空、咲月運んでくるわー」
「はい、先生には言っておきますね」
「おう頼んだ。よし咲月、俺に掴まれ。それかおんぶしてやろうか?」
「抜かせ!男子におぶってもらう女子など万死!」
「だめだこいつ頭おかしくなってら」
ぐらぐらと煮えたつような意識で、視界が霞む。ぼんやりとした思考で鮮やかな緑がでひょこひょこ動き回っているのが見てとれた。
「ま…まりも…」
「おいコラ誰がまりもだコラ」
まりもじゃなかった。
「咲月?おーい」
「…………」
あ、もうだめだこりゃ。大丈夫かー?と顔を覗き込んできた隆文くんを最後に、私の記憶はぷっつりと途切れた。
熱でぶっ倒れた咲月を背負って保健室を訪れると、珍しくそこに主がいた。
「星月せんせー」
「どうした犬飼」
まためんどくさいことじゃないだろうな?と振り返った星月先生は、俺の背中を見てわずかに目を見開いた。
「めっちゃ熱あるんですコイツ」
「そうか…そこらへんのベッドに転がしといてくれ」
冷えぴたあったかなー、と備え付けの冷蔵庫を漁る星月先生を横目に、俺はおぶった咲月をベッドに放った。
「うっ…」
ちょっと投げやりすぎた。すまん咲月。
「あったあった。犬飼もう戻っていいぞー、あとは任せろ」
「うーす」
じゃーなー咲月、と俺は咲月の髪をさらりと撫でて、保健室をあとにした。次なんの授業だったかなー。
汗ばむ朝野の額に冷えぴたをはっつけて、カーテンを引いた。
「(珍しいな、こいつが)」
よく転びはするものの、病気をしないやつだったのでつい驚いてしまった。
「…い、…さん…」
「…………?」
うなされてるのか、と立ち上がってカーテンを開けると、しかめっ面でうなされている朝野。
「……に……いさん…」
「…………」
やはり家族が恋しいのだろう。苦しそうに顔を歪ませて何度も譫言を呟く朝野の手を、俺はそっと握った。
「…………」
「兄さん…殺す…」
「…………」
ん?
「兄さんぶっ殺す…」
「…………」
え?呪い?なんなんだ。朝野家何があったんだ。なんか怖いので起こしてみることにした。おーい起きろ朝野。
「う……あ……あ、星月先生…」
どうしたんですか、とぼんやり聞いてくる朝野。いやお前がどうした。
「兄貴にプリン食べられる夢視たんです」
「お前…プリン1つで兄を死に至らしめようとしてたのか…?」
「必要とあらば」
「こえーよ」
食べ物の恨みは恐ろしいんですよ、と言う朝野の言葉に昔姉さんのケーキを食べてがっつり怒られたことを思い出した。
「…女は怖いな」
「星月先生も気をつけてくださいね。うっかりやろうものなら…」
理事長に後ろから刺されますよ。
その言葉に俺は若干身震いし、そっと後ろを振り替える。
「居ない居ない。理事長なら居ませんて」
「そ、そうか…」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「だから居ないってば」
俺はその日、終始おどおどしていた、と後日夜久に言われた。
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