保健室にやってきて、椅子に座る。歩いてみてわかったけど、結構捻っているようだ。おおう、なんてこったい。
どこから見つけたのか、手頃な段ボール箱の中に、タオルを敷き詰めて子猫をそっと置く星月先生。優しいなあ。
先生は少しの間子猫を見つめてから、くるりとこちらに向き直った。ニーハイを脱いだため、さらけ出された素足の踝あたりには、赤黒い痣が微妙に広がっている。星月先生はそれを見て顔をしかめた。
「だいぶ酷いな」
「そうみたいですね」
色合い的にはあまり好ましく思えない色だと思う。
「……よくここまで歩いてこれたな…」
すまない、気付かなくて…と申し訳なさそうに顔を歪める星月先生。いや先生のせいじゃないし!私が勝手に木に登って捻っただけだし!
星月先生は私の足首に湿布を貼ると、包帯を巻いてくれた。包帯なんて久しぶりだなあなんてぼんやり思った。
「ほら、終わったぞ」
「はーい、ありがとうございます」
立ち上がって、保健室を出ようとしたとき、不意に手首を掴まれた。
「なんですか?」
「………お、まえは、女子なんだから、無理はするなよ…」
「え、あ、はい」
「………それだけだ、すまない」
星月先生はぱっと手を離すと、ふらふらとベッドに近付いてぼすんと寝た。なんだ、眠かったのか。
「失礼しまーす」
じゃあ、なんであんな泣きそうな顔、してたんだろう。
「咲月ちゃん」
「よ、」
「あ、誉先輩と不知火先輩」
足痛いし今日はもう帰ろうかな、と廊下をウロウロしていたら、先輩方に鉢合わせしました。
「こんにちは、誉先輩…また生徒会手伝ってるんですか…」
「うん、まあね」
相変わらず優しい人だ。ふと、不知火先輩が私をじっと見つめているのに気付いた。いつもならウザいくらい絡んでくるのに。
「不知火先輩?どうしたんですか?」
「咲月、脱げ」
「………………………は?」
「一樹?」
「いいから脱げ」
え、ちょっと、なにいってんのこの人…。
「なにを…?」
「ニーハイを、だ。お前、足捻ってるだろう。見せてみろ」
「………あ、ああ、大丈夫ですよ、さっき保健室行ってきましたから」
ああびっくりした。遂に公共の場で脱げ発言とか…どう対処すればいいのかと思った。いざとなったらぶん殴ろうと思って握っていた拳を解いて、大丈夫だと告げる。誉先輩も、不知火先輩の発言に若干引いていたが、私が怪我していると知って眉根を寄せた。
「本当に、大丈夫?咲月ちゃん」
「ええ。星月先生に湿布と包帯してもらいました!」
包帯なんて久しぶりですよ、と笑うと、誉先輩は困ったようにそっか、とつられて笑った。不知火先輩は何故か顔を歪ませて、力強く拳を握り締めていた。爪が食い込んでいるのか、血が滴っている。どんだけ力強く握ってんだ。
「不知火先輩」
「………咲月」
不知火先輩の手をとって、広げる。やはり爪が食い込んでいて、手のひらは血だらけだった。ポケットからハンカチを取り出して、ぬぐう。
「私の怪我は、先輩のせいじゃありません。私の不注意です。なのに何故、先輩が悔しそうな顔をしているんですか」
「………………それ、は、」
「俺には、―――のに、」先輩は呟いたが、何を言っているかよく聞き取れなかった。
「先輩?」
「ごめん、ごめんな」
先輩はそう言うと、跪いて私の足を撫でた。痛かったよな、と。
そして立ち上がると、
「誉、悪いがこいつを送ってやってくれ。残りの仕事は俺がやる」
「……うん、わかった」
「じゃあな、咲月」
「行こうか、咲月ちゃん」
誉先輩に促されて、生徒会室とは反対の方向に歩く。廊下の角を曲がるときに、一度生徒会室を振り返ったが、不知火先輩の姿はなかった。
「………ちくしょうッ…!!」
ダンッと生徒会室の壁を叩く。守る、と決めたのに。守れなかった。
そのまま壁にもたれかかり、目を閉じる。
「次は、もう―――、」
閉じた目を開く。不知火一樹の瞳には、決意の炎が、揺らめいていた。
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