連れ去る純情
ふおおお、緊張するなあ。ガラス張りの綺麗な校舎を見上げて、私は深呼吸を2、3度繰り返した。今日はですね、なんと琥太先輩の勤務先である星月学園というところに特別講師として招かれちゃいました!おおふ…すごく緊張するよ…!
「(しかしどうして私なんかを…)」
そう、そこが疑問である。高校を卒業して天文学を学ぶために国立大学に進んだ私は、無難な大学生活を歩んで無事都内のプラネタリウムに勤務が決まった。それが去年の話。
そして先週、今までなんの連絡もなかった琥太先輩からいきなり電話が来て、星月学園の特別講師として来ないかと誘われたのである。いやそれより先輩どうやって私の番号知ったんですか。と思ったらどうやら姉ネットワークで伝わったらしい。なるほどなー。
「しかし綺麗だなあ」
さすが星月財閥。いいなあ私もあと8年若かったらこの学校入ったのになあ…ってなんか私オバサンくさいな…。自分で思って自分でへこんだ。
「あ、特別講師の方ですね?」
「うあ、は、はい」
綺麗なソプラノ音に慌てて振り返ると、そこには亜麻色の長い髪を靡かせた美少女が立っていた。なんだこの学校!あれか!理事長のレベルが高いと生徒のレベルも高くなるのか!?
「あ、私、生徒会書記の夜久月子です」
「う、あ、日暮、朔です」
「今日はよろしくお願いします」
「あっいえ、そんな、こちらこそ」
ギクシャクした私とは相反するようにしっかりとしている夜久さん。きゃー!もう!恥ずかしい!穴があったら埋まりたい!
「こちらでお待ちください」
「うあ、はい!」
通された部屋は綺麗な応接室だった。きちんと整っていて、掃除もされている。しかもこの応接室は私だけの待機部屋なようだ。先程見た外のプレートに『日暮朔様』って書いてあったから、多分そうであろう。うわお、なんだか大物女優になった気分だよ!…………いや、それは言い過ぎか。
ぐるりと応接室内を見渡して、ぼすんとソファーに腰掛けた。設置されてる机の上には星月学園のパンフレットがある。…暇だし、読むか。
「(うわっ、すっごい専門的…!)」
いやー、本当羨ましいなあ!色んな科に分かれてて、それを重点的に学べるなんて!
いいなあいいなあとパンフレットをめくっていると、ふと何かが目にとまった。授業風景の写真で、先生の授業をきちんと聞いて、真面目にノートをとっている生徒たちの写真。しかし、私が目を引かれたのはメインに撮られている生徒たちではなかった。
「直獅…?」
そうなのだ。
熱心にノートをとっている生徒たちの前に立つのは、少し背の低いオレンジ髪の男性。生徒がメインだから少し小さく写っているが、紛れもなくこの男性は陽日直獅だった。
「……夢を、叶えたんだね」
パンフレットの直獅を何度も何度も眺めた。写真の中の直獅は本当に嬉しそうで楽しそうで、私は泣きながら笑ってしまった。
と、不意にノック音。慌てて涙をぬぐって返事をすると、聞き慣れた声が私を呼んだ。
「朔」
「琥太先輩!」
「次、お前の番だぞ………どうした?」
微かに潤んでる私の目に気付いたのか、琥太先輩は顔をしかめた。私は慌ててなんでもないよ、と笑うと予め用意しておいた資料を手にとって、応接室をあとにした。
『続いて、××研究所法人△△プラネタリウムの日暮朔さんです』
夜久の声に、体育館中からぱらぱらと拍手が起こる。そんな中、オレは1人パイプ椅子の上で無意識に身を竦めた。
壇上に立つ、8年前とは違って大人びた朔を見て、オレの涙腺は自然と緩む。うぐぐ、泣くなオレ!この、朔の講座が終わるまで我慢、我慢…!!
『以上の結果から、獅子座はこの季節が一番綺麗に見える時刻だと言われてます。また、………』
「(獅子座………)」
朔は獅子座が好きだと言っていた。何故か尋ねたら、凛々しくてかっこいいから!ってさ。なあ朔、今のお前は獅子座、好きか?
『…実は私、星座の中で一番獅子座が好きなんですよ』
「……!?」
まるでオレの思考を読んだかのような朔の言葉に、オレは反射的に壇上の彼女を見つめた。
朔は真摯に前を向いて、笑顔で言う。
『だって、かっこいいじゃないですか』
「っ……」
もうだめだ。
オレはパイプ椅子を蹴って立ち上がると、全速力で壇上に向かい、驚いて目を丸くする朔を、抱き締めた。