イナズマ | ナノ

カトレア

113 デルフィニウム




「……まだそんな事してたの、キャプテン君?」

 呆れた様な声色で投げかけられた言葉。その声に力無くフェンスに背を預け項垂れていた守は僅かばかり顔を上げ、声の主へと視線を向けた。

「飛鳥っ、……いや、スピカ、なのか?」

 普段高く一つ結びにしている長い髪は下ろされ、屋上に吹く心地のいい風になびいている。自分をスピカだと気が付いた守に彼女は僅かばかり目を開き、良く分かったね、と優しげに微笑んだ。だが彼女の笑みに守はバツが悪そうに視線を反らす。少しばかりの沈黙が走り、スピカはフェンスに歩み寄るとフェンス越しに見えるグラウンドを見降ろして口を開いた。

「……好きなものから逃げちゃ駄目って、飛鳥にキャプテン君は言ってたよね」
「……」
「あの言葉に、キャプテン君の言葉に飛鳥は凄く救われてた。それは飛鳥だけじゃない」

 ほらグラウンドを見てみなよ、そう言ってスピカが指差した先にはマジン・ザ・ハンドの練習をする立向居と雷門イレブンの姿があった。諦めずに何度も立ち向かう立向居の姿に釘づけになっている守の様子を見てスピカは口角を上げる。

「キャプテン君の言葉と行動が彼らを動かしてる……それ程にキャプテン君には力がある。……でもね、それにはそれだけの責任があるんだよ?」

 守と向かい合う様にスピカはしゃがみ込み彼を見つめると、守もまたスピカと顔を見合わせる。スピカの瞳には彼に訴えかける様な、強い光が見えていた。

「君は、皆をまとめるキャプテンなんだ。上に立つ人、影響力のある人は皆の目標にならなきゃいけない。でも今のキャプテン君はどう?君がそんな風になって此処に居る事で皆が不安になっている事に、チームの士気が落ちている事に気が付かない?」
「っ……そんなこと、」
「分かって無いから私は言ってるの。少し前までキャプテン君は分かっていたのに……今のキャプテン君は皆の、飛鳥の慕うキャプテンじゃない」
「!!」
「何で私がそんな事いうのか不思議みたいね。じゃあもっと簡単に言ってあげる。今のキャプテン君には何かが足りない。それは……グラウンドに居るGK君を見て分からない?」

 そう言ってかけられた言葉に守はもう1度グラウンドにいる立向居に視線を向ける。何度も何度も倒れては再び立ち上がる姿、そして瞳から決して消えない強い光。諦めて堪るか、そう言ってボールに食らいつき、遂にはマジン・ザ・ハンドを完成させる。そんな彼の姿に守は大きく息を呑んだ。――彼のあの姿は、以前の守の姿だったから。フットボールフロンティアの戦い……特に世宇子中戦では守もまたマジン・ザ・ハンドが習得できずにいたが立向居と同じ様に諦めずにサッカーと、仲間と向き合って習得できた。……大切なのは“諦めない心”だ。そう守の中で答えが行きついた時、スピカは嬉しそうに笑う。

「俺、分かったよ。大切なのは、」
「「諦めない心」」
「あははっ、……なんだ分かるんじゃん」

 重なった声に自然とスピカと守は笑顔を向けていた。お互い立ち上がり、完成出来た喜びにはしゃぐ立向居を見降ろしながら不意にスピカは守の方へ顔を向ける。

「分かったのなら私はもう何も言わない。……でももし、まだ悩む事があるのなら沢山悩めばいいと思うよ。悩んで悩んで行きついた答えなら、自分の納得のいく答えだし、サッカーにも力が入ると思うの。――遠回りと逃げ道は違う。遠回りしても自分の力で答えを見つけて次に進めるんだからね」

 何か分かりにくくて御免ね、とスピカは苦笑すれば守は勢い良く首を横に振った。ありがとな!と彼からお礼を言われ照れくさそうにそっぽを向いたスピカに守は彼女の方に手を置き、笑いかける。

「やっぱりスピカは良い奴だ!俺、今までずっと飛鳥もそうだけど……スピカにも励まされて来たんだな。俺にとってスピカと飛鳥は必要な存在だよ!」

 純粋な彼からの言葉に、今度こそスピカは言葉を失った。気が付けば瞳から涙が溢れて歪む視界に慌ててスピカは守から背を向けると、涙が零れない様に空を仰ぐ。

「私はただ……飛鳥が、笑ってくれれば良いだけ。その為に私は居るんだから」

 ――そう言って小さく笑ったスピカの声は、震えていた。


2010/07/15


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