イナズマ | ナノ

カトレア

112 花水木




「……はい、」

 表示された相手の名前を見ずに飛鳥は電話を取る。涙でぐしゃぐしゃになった顔には生気は無く、目は虚ろで何処か遠くを見つめている様なそんな表情で吐き出された声はやはりどこか疲れ切った覇気の無い声だった。
 彼女の声に電話の主は驚いた様に息を呑むと、躊躇いがちに小さな声で彼女の名前を呼ぶ。その声に飛鳥は大きく瞳を見開かせ、彼女もまた息を呑んだ。

「しゅ、修也……っ?」
「〈ああ、〉」
「どうして……今まで連絡なんてくれなかったのに」
「〈……悪かった、俺から連絡をできる状態じゃなくてな……〉」
「……ううん、声聞けただけでも凄く嬉しい。ごめんね、いきなりあんなメールして……っ」

 久々に聞いた彼の声はとても優しいもので、その声に安堵して緩んだのか彼女の目には再び涙が浮かんでいた。言葉数が少ないながらも飛鳥を心配する彼は、メールの内容を彼女に尋ねると飛鳥も言葉を詰まらせながらも簡単に今まで起きた自身に関する事を話す。
 電話越しに聞える彼女すすり泣く声と話に修也は傍で支えてやれない、守ってやれない自分の不甲斐なさに唇を噛みしめていた。こんなに弱った飛鳥を見たのは……彼女の両親が無くなった時以来だろうか。あの時でさえ幼いながらも自分の力で乗り切ろうと飛鳥はしていた。……いや、あれはもしかしたら彼女のいう“スピカ”だったのかもしれない。
 今思えば、“強くありたい”とサッカーを一緒に始めた頃から口癖のように言っていた飛鳥のあの言葉は歳を重ねて行くごとに次第に重くなっていた気がする。それと同時に飛鳥は両親に連れられて何処かの施設へ行くようになっていた。――それからだ飛鳥の様子が変わり始めたのは。

「私は強くなくちゃいけないんだ!!」

 そう言ってチームメイトに激情した彼女の表情は何かに責め立てられている様な、焦りを浮かべていた。普段から飛鳥のことを女だからと言ってからかっていたメンバーだったので修也も彼等は好きではなかったが、彼女から余り責めないでと言われていた為に口出しをしないでいた。優しい性格である彼女が怒ったりしていなかったのも理由にある。……だが、その彼女が突然感情を爆発させた。まるで今までの怒りをぶちまける様に激情する飛鳥の瞳は獣の様で、その時ばかりは幼かった修也も飛鳥を恐ろしく感じた。
 ――その出来事から彼女のサッカーは少しずつだが、変わって行ってしまったのだろう。プレイも自分の体に鞭を打つようなスタイルに、何よりサッカーを楽しんでいなかった。……そしてご両親の死。最愛の人達を無くして、飛鳥は完全に“スピカ”になってしまったのかもしれない。本当だったら同じ木戸川に行くはずだったのに、違う中学に行き連絡が途絶えてしまった程だった。……けれどあの時、去年のフットボールフロンティアで見た飛鳥は彼の知る昔の飛鳥だった。
 戸惑いながらも純粋にサッカーを楽しむ姿に喜びを覚えた事は言うまでも無い。もしかしたら月日を経て“スピカ”から“飛鳥”に変わろうとしていたのかもしれない。そしてあの後に起きてしまった事故が……完全に“飛鳥”となったきっかけになった。――昔の記憶を全て失う、という代償を払って。……だが、ならば何故再び“スピカ”が現れたのだろうか?それに“飛鳥を守る”と言ったらしい“スピカ”の発言。……真相が見えない。分からない事が多すぎる。

「修也……?」
「〈っ……悪い、少し考えてた〉」

 長い間考え込んでいたのだろう、飛鳥の声には不安げな色が見えていた。彼は小さく息をつくと自分が彼女を心配させてどうするんだ、と自身に叱咤をする。
 そして考えた挙句、彼はこう彼女に声を掛けた。

「〈……飛鳥は俺が帰って来るまで、待ってるって言ってくれたよな?〉」
「っ……、」
「〈その気持ち、まだ変わって無いか?〉」
「……うん」
「〈……だったら、俺を信じて欲しい。俺は皆の元に……飛鳥の元に必ず戻る。だから辛くても……待っていて欲しいんだ〉」

 言葉にするのが苦手な彼にとってこれが自分の気持ちを表した精一杯の言葉。少ない言葉の中に沢山の意味が、彼の気持ちが籠っていることを知っていた飛鳥にはこの言葉で十分だった。堰を切った様に声を上げて泣き出した飛鳥の声は今までの押さえ込む様な声とは違った、とても幼い、素直な泣き声だった。
 

―――
何だかごちゃごちゃしちゃってすみません;;
でもどうしても書きたかった。

2010/07/15


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