イナズマ | ナノ

カトレア

110 紫丁香花




 面会終了時間に近付いている夜の病院、正確にはとある人物が眠る病室に少年……風丸は足を運んでいた。普段着ている雷門ジャージとは不似合いな大きな鞄を肩に掛けて一瞬躊躇う様にドア前で立ち止まるが、意を決したのかドアノブを掴み静かな病室に入っていく。そこで眠る人物――飛鳥の傍にあった椅子に風丸は腰を下ろし、彼女の姿をじっと見つめる。
 けして健康そうには見えない青白い顔色で時折何かにうなされる様に顔を歪め、額に玉の汗を浮かべる飛鳥に風丸は持っていた自身のタオルで汗を拭ってやりそっと彼女の手を握った。

「ごめんな……飛鳥、」

 手を握ってくれた事に安心したのか穏やかな表情になった飛鳥を見て風丸は不意に目頭が熱くなるのを感じ、慌てて手で目頭を抑えた。泣かないって決めたのに、どうしたんだ俺は。思わず零れそうになる自身への罵りは自然と苦笑へ代わり、風丸は握る手に力を込めて唇を噛みしめる。
 ――今日の試合で感じたあの恐怖。絶対的な力の差の前で俺は何もすることが出来なかった。……飛鳥が、離れてしまうかもしれなかったのに。皆は必死に戦って、吹雪は身を呈してまで飛鳥を引き止めた。なのに俺は……っ、

「ごめん、ごめん……っ」

 弱い自分が悔しい。大切な人1人さえを守れない自分が情けない。アイツは……飛鳥はずっと苦しんでいたのに弱音を見せないで、俺達チームを考えて支えてくれていた。――飛鳥は円堂と同じ、雷門の太陽の様な存在だ。どんなに辛くても笑顔で励まして、試合、練習時で誰よりも仲間の状態を把握してサポートしている。
 そんな彼女の存在がきっと俺達の中でとても大切なものになっていたのだ。自分達が必要だから、それが無くなってしまうのが怖かったから。だから飛鳥が苦しんでいても気付かず……いや、気付かない“振り”をしていた。それが余計に飛鳥をより苦しめる結果を招いてしまったのに。そんな思いが風丸の胸を強く締め付け、苦しめてもいた。

「……俺、嬉しかったんだ。飛鳥と一緒に肩を並べてサッカーが出来て、飛鳥に仲間として認められて。だから……強くなりたかった。もっともっと強く、こんな事が起こらない位、飛鳥を守れる位に……っ、」

 瞳から零れた涙は小さくシーツを濡らし、歪めた彼の表情は――次の瞬間には驚愕の表情に変っていた。飛鳥の耳元で彼に呼応する様に輝く、禍々しい光が合ったからだ。その光に惹かれる様に風丸はそっと彼女の耳元に手を伸ばしてその光を見つめる。
 飛鳥が普段から見に付け大切にしているピアスが今は黒く、怪しげに揺らめいていた。それに触れた風丸は何故か自然と力が満ちてくる感覚と、同時に自分の中で何か恐ろしい物がうごめく感覚を感じる。本能的に危ないと感じ離れようと彼はするが、体は動く事を拒む様に言う事をきかず、ピアスの力に魅入っていた。

 自身の体の異変に恐怖を覚える風丸の肩に――後ろから、そっと誰かの手が置かれる。誰も居ないと思っていただけに恐怖で声が引きつり、勢い良く振り返ったその先には、不健康そうな顔色で何か企みのある嫌な笑みを浮かべる男がいた。

「貴方は強く、なりたいですか?」

 突然現れて来た事と言葉に上手く反応できずに思わず視線を反らした風丸に男は笑みを深くし、彼の目の前にあの光る黒い石を見せながら再び先程の質問を繰り返す。……眼下に現れた光に今度こそ抑えが利かず、まるで奪われるように、そこで風丸の意識は深い闇に落ちてしまった。
 
「飛鳥……俺は、お前の事が……っ」



―――
DE編の伏線って事で。オリジで申し訳無い。
いやしかし風丸の書きにくい事ったらない(笑)

2010/05/14


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