イナズマ | ナノ

カトレア

109 目隠し




「吹雪の事は分かりました。……それなら監督、吹雪の過去を知る貴方なら、飛鳥が何故あの様になってしまったのか……知っていますよね?」

 ――吹雪の病室に集まり彼の過去、そしてもう1人の彼“アツヤ”の事を瞳子の口から聞いた雷門イレブンの1人である鬼道が口火を切った。皆が聞きたくても聞けなかった事を自ら問いただした鬼道にメンバーは勿論、瞳子も目を見開き言葉を失う。
 だが直ぐに瞳子は悲しげに目を伏せ、組んだ自身の腕を強く握り締めると意を決した様に顔を上げて口を開いた。

「……彼女の、飛鳥さんの事を貴方達に話す事は出来ない」
「なっ、何ですかそれ!!」

 声を荒げた守に瞳子は窘める様に力強い視線を送る。その気迫に守も気まずそうに眼を泳がせ、口を噤んだ。周りも、その張りつめた空気に上手く呼吸が出来ず唾を飲み込む。

「飛鳥さんの“あれ”は彼女の主治医、保護者の方から口外する事を止められているの。“まだ、皆に話してはいけない”と、ね」
「まだ、って言うのは……いずれ私達に話す時が来るということですか?」
「ええ、雷門さんの言う通りよ。でも“あれ”……“スピカ”とそれに関する事以外なら貴方達に話す事は止められていない。だから……」

 そう言って瞳子は数少ない限られた飛鳥の過去を途切れ途切れに話し始めた。――飛鳥が両親を亡くしている事。転校してくる前に事故に遭い、幼い頃の記憶を失っている事。彼女が両親を失った幼い頃の記憶に悩まされ、精神が安定していない事。
 瞳子が事実を口にする度に皆は悲痛な表情を浮かべ、隣の病室に眠る彼女の事を思った。そして同時にその事実と“もう1人の飛鳥”が言っていた言葉を思い出し、行きついた答えに、……皆顔を歪め、秋は耐えきれず涙を零した。

「そんな……じゃあやっぱりスピカは、飛鳥ちゃんを守るためにっ」
「両親が無くなったショックから彼女をスピカはずっと守って来た。……それがどうしてエイリア学園と関わりがあるのかは、私には……分からない」
「っ……、」
「……吹雪君と同じ様に、飛鳥さんもこれまでの過酷な試合で傷付いたメンバーを、去って行ったメンバー見て持ち直していた心のバランスを崩してしまったようね……」
「だったら……だったらどうして吹雪君と飛鳥ちゃんをチームに入れたんですかっ?!」

 秋の震えた声が病室内に響く。普段けして感情的にならない彼女が拳を震わせて仲間を、親友を思い憤慨する姿に瞳子は酷く怯えた様な表情を浮かべる。

「監督はエイリア学園に勝てれば2人の事なんてどうでも良いんですか?!」

 思わず零れた秋の言葉に一之瀬は首を横に振り、彼女を止めた。秋の普段とは違う姿に皆が黙り込み、険悪な雰囲気が流れる。
 ……瞳子は罪悪感で思わずこの場から逃げたくなる衝動に駆らたが、その感情を理性で押さえ込んだ。父の目を覚ます事が出来れば飛鳥を、可愛い妹分である彼女を救えると思ったからだ。今の自分には雷門イレブンを地上最強のチームにする事が何よりも優先するべきものであり、それが瞳子自身の大切なものを守る只一つの方法だから。……自分の腕は大切な人達を守れる程大きくは無い。だから今、まだ自分の腕で守れる飛鳥を、そしてスピカを守ってあげたい。――その為なら彼等、雷門イレブンに嘘をついても良い、嫌われても良い、それで彼等も含め大切な人達を守る事が出来るのだったら。
 ……全く、笑ってしまう。こうして合理化しなければ自分を保てる事が出来ないのだから。瞳子は思わず自嘲に近い笑みを俯いた口元で小さく浮かべた。そのまま踵を返し、ゆっくりと何処か頼りない足取りで部屋を出て行った瞳子の背を皆は見つめる。

「何で気付けなかったんだ、あの時俺が気付いていればっ」

 ――拳を握りしめ項垂れる守の脳裏には2つの記憶が過っていた。1つは吹雪が自分の問いただしてきたあの夜の事。2つ目はイプシロン戦前日にナニワランドの特訓場で見せた飛鳥の様子。2人共もずっと苦しんでいたのに、苦しんで苦しんでもう耐えられないという所まで来ていた2人が自分を頼ってくれたのにどうして自分は気が付けなかったんだ。自分の不甲斐なさが情けなくて、悔しくて、思わず零れた彼の弱音は鬼道の鋭い声に遮られた。

「これはお前のせいでも、監督のせいでも無い。……俺達チームの問題だ。確かに俺達はエターナル・ブリザードに頼り過ぎていたし、時折見せていた飛鳥の変化にも、アイツの強さに甘えて心配してやれなかった。……それに今思えば吹雪を心配していたのも飛鳥だけだった。それが2人にとってかなりの重圧になっていたに違いない」

 鬼道の普段と変わらない口調に守も落ち着きを取り戻して行く。吹雪を、壁の向こうにいる飛鳥へ視線を向けて守は唇を噛みしめる。それを鬼道は見つめ、少しだけ口角を上げた。

「戦い方を考え直すべきかもしれない。吹雪の為に、そして俺達が更に強くなってエイリア学園に勝つ為に」

 その言葉に皆が息を呑んだ。息を吹き返した様に明るくなる皆の表情に今度こそ鬼道は満足げに笑う。だが直ぐに顔を引き締め直すと彼もまた飛鳥を思い、彼女がいる壁側へと一瞬視線を向けてから確認する様に皆を見渡した。

「勿論飛鳥の事もだ。……スピカは俺達に敵意を向けていなかった。それにスピカになっていたあの試合中にも吹雪の事を心配していたしな」
「ああ、スピカは悪い奴じゃないんだ!」

 今までの雰囲気を変えようとしているのか再び口を開いた鬼道の言葉に守は大きく頷き、そして周りに居たメンバーへと視線を向ける。その視線に皆も自然と力強い表情を浮かべていた。

「きっと飛鳥は今回の事を気にする。だから、今まで通り接して安心させてやりたんだ。“お前の居場所はエイリア学園じゃない、このチームだ”って皆でアイツに言ってな」

 ――そう言って笑った彼の声色に、ゴーグル越しに見える鬼道の瞳に優しい、暖かさで溢れていた。


2010/05/01


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