Another World
透明少女と過去(帝国時代)

※無色透明少女の番外編で煌帝国時代のお話です。恐らく本編開始の約5〜7年程前くらいだと思われる。

***


「アリシャール」

 抑揚のない静かな声で呼ばれた自身の名前に彼女は手にしていた書物から声の主へと視線を向けた。――草木も寝静まる丑三つ時、宮中は時折警備兵の巡回に回る足音が聞こえる程度の音しか聞こえず静けさに包まれていた。

 日中の賑やかさは嘘のように静かなこの時間がアリシャールは好きだ。誰も自分を見ることもなく、後ろ指を指される心配もない。それはこの縛られた生活から唯一解放されるような気持ちを感じられるから。

「……お帰りなさいませ、紅炎さま」

 小声で掛けられた言葉に紅炎もああ、と頷き手にしていた燭台を彼女の方へと向けた。薄暗い室内でアリシャールの手にしていた書物を見るためだ。

「またトラン語の書物を読んでいたのか」

 呆れたような口調で言う紅炎に彼女もバツが悪そうに顔を俯かせると放すまいというような様子で書物を胸に抱きしめてしまう。そんな彼女の姿に紅炎も小さくため息をつくと燭台を近くに合った机へと置き座り込んでいたアリシャールへと目線が合うように膝折り口を開いた。

「誰も責めはしていない、勉学に興味を持つことはいいことだ。……俺はただこんな時間にお前がここに来ていることが気に入らないだけだ。もっと堂々と見ればいいだろう」

「でも、おじい様が……」

 今にも泣きそうな表情で唇を噛みしめるアリシャールの姿に紅炎は思わず口を閉ざしてしまう。……アリシャールはこの国に来てから厳しい修行を受けていると聞く。身体的なものは勿論、徹底的に制限を掛ける生活は彼女の自由な時間すらないに等しい。

 幼いながらにも泣き言も言わず必死に耐えようとする彼女の強さに惹かれ、同時にそれが哀れでならず紅炎がアリシャールを気にかけるようになってからは彼女の生活も著しく良くなってきている。

 以前にも増して増えてきた笑顔を見るほどに彼女と離れることが寂しく感じ、遠征に出るたびに彼自身彼女のことが不安で堪らなくなるほどになっていた。――今日もまた遠征から帰還しアリシャールが部屋に訪れてくることを待っていたが一向に来る気配が無い彼女を見かねて宮中を探し回っていた、というところだ。

 初めて見る彼女の顔に内心驚きながらも紅炎は優しく頭を撫でるとどうしたのだ、と小さな声で問いかける。

「もうすぐ私もダンジョン攻略に行くことになると言われて、紅炎様が仰っていたトラン語を学ぼうとしていました。トラン語はダンジョンの中でも使用されていると聞きましたから……」

 ぎゅっと強く自身の衣服を握りしめ俯くアリシャールが震える声で途切れ途切れに話す言葉に紅炎もあやす様に背中を叩きながら相槌を打つ。

「でもおじい様にその様なことをしている暇があれば鍛練をしろ、と言われしまいこの書庫に入ることを禁じられてしまって……」

「それでこんな時間に入り込んでいた、という訳か」

「……はい。紅炎様、私はいけないことをしたのでしょうか?私はただ……守護者としての力をつけ無事に金属器を手に入れたいだけなのです。それに私は紅炎様、貴方様の役にも立ちたい……っ」

 そう言って口を閉ざしてしまったアリシャールを見つめ彼は息をつくと、徐に彼女を抱き上げた。突然のことに柄にもなく慌てた様子で豪華な衣装から足覗かせバタバタとさせるアリシャールに紅炎は行儀が悪いぞ、と意地悪く笑う。

「俺の部屋にトラン語の書物が多くある。明日一緒に読んでやるから、今日はもう寝るぞ」 

 彼の言葉に頬を赤らめ大人しくなった彼女は無言で頷き、首に腕を回す。その様子に紅炎も口角を上げるとアリシャールの額に口付けを落とし、歩を進み始めた。

―――

この時のアリシャールさんにとって紅炎さんは凄く大きくて、何にも変えられない存在でした。

この後彼女はダンジョン攻略に単身で挑み、なんやかんやでシンドリア組やジュダルとも出会い連載へと繋がっていきます。

comment : 0
3rd.Nov.2013


 
comments
 
 
name:

text:

url :



editkey :



↑back next↓

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -