カウンセリング | ナノ


5AFTER




◎榛名の憂鬱


モデルは叔父を選んだ。父と違い勤勉で真面目、大黒柱として家庭を守るのを人生の最大タスクとしていた。自由奔放な芸術家気質の父を疎ましく感じていた無い物ねだりの俺にとって彼は模範的な大人だった。

だから、真面目が服を着て歩くような、そんな人間が理想だった。事実今まで30年余りそう生きた。
……いや。枠組みからはみ出した部分が全くないとは言い切れない。むしろ型に収まれずいろんな部分が突出した。
ふらりと出かけたきり帰ってこない父親のせいで俺はどこか不幸だった。なにか癒しが必要だった。出来るだけ刺激的な遊びで我を忘れなければ。

大学生になって自分の常識からの逸脱が激しくなる。目にあまった俺はそれをすべて悪い友とつるむせいと考え縁を切ることにした。悪い友とは千葉という人を観察するのが趣味のいやらしい人間のことだ。奴とは高校時代に出会い、様々なことで意見が衝突する関係だったがどうにも縁があってよく一緒に過ごした。
俺の枠組みをはみ出す部分とはおおよそ女関係のことだ。こいつに誘われるまま好奇心に負け様々なことに手を出した。高校の時から良くないと感じていたが大学に入り確信を深めた。ちょっと刺激的ないけない遊びから一歩進んで、倒錯した大人になっていく予感があり俺は恐れた。

就職が決まった大学三年の後期、徐々に奴から離れた。学校が違ったからフェードアウトは簡単だった。実際社会人になってからは全く会わなかった。共通の友人から千葉の近況を聞く程度で、……相変わらず楽しくやっているようだった。
あいつはあいつで、来るもの拒まず去る者追わずのよくわからない男だから、こちらの意図に気がついていたのだろう連絡もよこさない。自分は、来るものは拒み去る者を追う、そんな気質だ。そもそも合わないふたりだった。

それがこうして再会した。あいつはどう接してくるか俺は構えていたがこちらの顔を見たとたんにやりと笑って、やっぱりねという表情をした。

『また仲良くできる日がくると思ってたよ。榛名は見た目に反して普通じゃないからね。……うちの俺が診ている深刻な患者のみんながみんな凡庸で普通を絵に描いた見た目だよ。そういう人ほど問題があるって、本当のことなんだね』

人のことを言える人間か?
ぐっと言葉を飲み込んだが千葉を見る目で気取られた。やつはやれやれといった調子で、カッとなった俺を嗜めるように笑みを作る。不愉快極まりない、人を値踏みする目だ。

とはいえ実際かなりこの性癖に困っていた俺は奴のカウンセリングを受けることにした。
が、実は他にも思惑があった。
最愛の妻を見せびらかしたくなったのだ。
俺とやつの女の好みはかなり似ていた。見た目も中身もだ。いつも同じ女を狙った。
ーーそして俺が結婚した女は、やつのドンピシャに違いなかった。
事実あやねの顔を見るなり、やつは目の色が変わった。

あやねは千葉になびかない自信があった。彼女に対する俺の慈愛と献身が心を永遠に繋ぎ止めると思った。
しかしもし、万が一。なびくようならば……。

俺が愛する女性として、ふさわしい人間じゃなかったってことだ。

もしあやねがそのような浅く不義理な人間ならば、出来るだけ早く分かりたい。たしかに妻を愛しているが、それとこれとは別だ。失っても諦めがつく……むしろそんな本性ならばこちらから願い下げだ。……そう思った。これは本質を知れる良いチャンスなのだ。

なんて、我ながらわがままで勝手で投げやりな生き方だ、自分で気がついていながら悪い思考がやめられず、違うと理性でわかっても心の根深いところで被害者意識が顔を出す。試してしまう、向こうの愛を。なぜ?

ーーそしていざ、彼女が取られそうになると、絶対に奪われるものかと胸の内に湧き上がる感情があった。そうなったらふたりを絶対に許せないとさえ思った。


…………コトが終わると千葉は、すべてカウンセリングの一環、シチュエーションプレーだとぬけぬけと言い張った。カウンセリング中に起こったことは治療にすぎないと。あやねも同様にこれは本当じゃないと話してくる。

俺はどちらも信じられずに、最悪のパターンになった時のため頻繁に離婚を想定する。
夫婦問題に強い弁護士を調べ、何人も候補をストックしてある。ふたりの人生をいっぺんにひっくり返し、特に千葉についてはとことん悪者にして経済的にも社会的にも制裁する段取りだ。
俺は裏切りに傷つきさめざめ泣くかわいそうな男になる予定だ。
ーーもちろん本気じゃない。全部本気じゃない!
けれど、こんな妄想で悲しみに浸るのが最近の俺は癖になっている。
不幸じゃなきゃ自分じゃないようで……。

まったくおかしい。縁を切ったら人生をよりうまくやれると思った。丸い枠からはみ出た角を、隠し通せると思った。
千葉とつるまなくなり喜びや興奮も目減りした。単調な生活、それも悪くなかったが心は波風立たぬ凪のようだった。けれど丸い枠の中をはみ出さず泳ぎ切れる算段がついた。
面白くも苦しくもない生き方……常に少し不幸なくらいがちょうど良かった。

それが。
理想通りの女性に出会い、トントン拍子に結婚して、夢そのものの結婚生活。どうしよう、不幸が足りない。
俺は幸せになりすぎて、ちょっとおかしくなったんだ。




――――



◎千葉の感覚

小さい頃より俺は不感の心を感じさせる方法を探していた。常に刺激を求めていないと退屈で死んでしまいそうだった。
小学生の頃は危険なことも秘密なことも大好きだった。知らないことには何にでも挑戦した。大人にバレないようにうまく隠れながら遊びまわった。ダムや土手、川遊び、基地作り、爆竹や火遊びや探検、そのような自然と動物、大人の観察それから女の体について。俺の興味は際限なかった。

中学生の頃になるとかなり落ち着いた。
というのも自分にとって楽しいことが何かわかるようになってきたからだ。結局人間関係が一番面白い。どれだけ仲の良い友達も色恋一つで関係が壊れるのも面白い。
だからいろんなことをした。引っ掻き回すのが楽しかった。見た目がタイプの女はもちろん、そうじゃない女にも手を出した。
これにより人にものすごく好かれたり反対に嫌われたりした。俺はあまり誰かの評価が気になるたちじゃなかった。好かれても嫌われても面白かった。男にも女にもだ。榛名曰く気があるけど愛情がないと。そうかもしれないと思った。

高校に入ると同じような趣味の仲間が増えた。
その中の一人が榛名だった。彼はおかしなやつで何をしても自分の本性は真っ当と思い込み信じて疑わなかった。見ていて愉快な男でかなり仲良くした。
榛名は認めないが俺たちは気が合った。


そして現在。
すっかり大人になった俺だが、再会したかつての友人の妻を本気で奪う算段をしている。あやねさんの心が変わらなくても奪う方法はいくらでもある。

しかし、できるだけ無理な事はしたくない。
二十代も後半に差し掛かってからは普通の恋愛がしたいと思いはじめた。普通に出会い、惹かれ合い、結婚……そこに打算はなく俺が流れに竿を指さなくとも導かれるような自然なものがいい。

だけど既婚者を好きになった。
俺は様子を見る。自分の好意の正体を知りたい。人のものだから面白半分で欲しくなったのか。それとも榛名の妻だったからか。
これは自然な恋愛感情なのかがわからない。

既婚者じゃなければ……榛名より先に自分が出会っていれば……。そんな甘い感性に身を委ねつつ、最終的にどうするか、自分の心と常に話し合わなければ。
自業自得の俺は自分の現状がおかしくて笑ってしまう。一番の観察の対象はいつも自分自身だった。

ここであやねさんがシャワールームから戻ってきた。今日は榛名を抜いた治療の日だった。……彼女に会うためにわざと作ったわけじゃない。病院の治療プログラムにのっとっただけだ。

「千葉先生」
『お帰り。待ちくたびれたよ』
「考え事ですか?」
『ああ、治療の方針を決めていてね』
「ふふ。先生も悩まれるんですね」
『悩んで……いたかな?』
「……?あれ……。違いましたか?」
『うーん。そうだね……』

何を考えているかわからない。
それが俺のされてきた評価だった。
いつも微笑みを浮かべるのが癖のせいか、世の中で誰も俺の心の変化に気がつかない。そう思っていた。今までは。


おわり



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