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4 意思疎通





朝、窮屈さを感じて目を覚ます。すると私の体をぎゅっと抱き寄せたファイくんがスリープモードに入っていた。

「ぐるし……」

身じろぎするもやたらと重たいファイくんはまるで動いてくれない。この状況もドキドキするけど、今日は朝から買い物に行きたいのだ。

「ファイくん。朝だよ、起きようよ」
「……。あ……」

ぱちりと目を開けたファイくんが私を見て、また目を閉じる……。

「(やっぱり寝てる気がするけどな?)」
「…………はあ。見るなと言ったろ……」
「(バレてしまった)」
「……んん。起きるか」
「どうして私を抱きしめてたの?」
「俺がお前を抱いて寝るのに、お前の許可が必要だったか?」

とかなんとか眠たい顔で言うのでまだ脳が寝てるのかと疑った。

「反対をしたら騒ぐ癖に……」
「もう二度としない。嫌なんだろ?」
「嫌じゃ……!ない……」
「だろうなあ」
「(く……)」

わかってたとばかりに抑揚ない声で返事をしたら、ファイくんが大きく伸びをした。

「今日も一日休みなんだろ。何をするつもりなんだ」
「買い物に行こうと思って」
「ふーん?俺も行った方がいいか。荷物ぐらい持ってやる」
「サプライズしたいから!ファイくんは留守番しててよ」
「また俺は留守番か。……いいけどな」







「遅い!」
「ごめんね、めちゃくちゃ目移りしちゃって……」
「今何時だと思ってるんだよ」
「えっと、20時?」
「昼に出かけて20時までっていったい何をしていたんだ」
「えーっとね……」

ヘトヘトで帰宅した私にファイくんの不機嫌ななじりが飛んでくる。だけど私はワクワクしていた。たくさん買い物をしてきたのだ。
ファイくんに見せたくて、険しい顔で仁王立ちの彼の前にあるテーブルに戦利品を並べたくった。

「これが三千円するメロンパン、こっちは二時間待ちのケーキ、これは銀座の寿司屋の持ち帰り、こっちはデパ地下の有名なパイ。それから……」
「……」
「これはファイくんの新しいアウター。ジャケットと春コート。これはネックレス。流行ってるらしいよ。こっちは出たばっかのDVD。面白い映画だったから見て欲しくて。それから……」
「……」
「これは」
「もういい。説明するな」

首根っこを掴まれて驚いた私がファイくんを見上げると、さっきよりずっと怒っている。

「あ、あれっ……?」
「まだ出してない袋もあるけど、これ全部俺のだって言うんじゃないだろうな」
「そうだけど……」

眉間にしわをさらに深く刻んで、信じられないって顔で私を見下げた。

「食べ物は全部一個づつしかないじゃないか」
「うん、それなんだけど二個買うお金でファイくんのを多く買ってあげたいから。ファイくんが気に入らなかったやつ、私はもらおうかなって」
「……ああ、キレそう」
「えっ!?」
「お前昼から晩まで出かけて帰ってきたと思ったらこんな無駄な買い物して何がしたいんだよ」
「え?そりゃ、ファイくんに美味しいものと素敵な服と面白い娯楽をあげたいから。ずっと退屈だって言うから、せめてなにかしてあげたいよ。平日は私居ないことが多いし……。その……無駄だったかな……」
「……俺の退屈を気にしてるなら、今日が一番退屈だったけど」
「あ!ごめんね、暇だった?」
「暇で暇でしょうがなかったよ。すぐ帰ってくるっていって全然帰ってこないし。……もっと言うともう帰ってこないかと思った」
「まさか!そんなわけないよ!」
「……」

ファイくんがこの家に来て何度めかのため息をついた。それから私を正面から抱きしめると深呼吸した。

「はあ。……おかえり」
「う、うん……ただいま……?」
「言っとくけど、食べ物も服も俺は全然嬉しくないから」
「え……」

ファイくんはやっぱり難しい。広く浅く網羅して来ても、どれも彼の琴線には触れなかったようだ。

「俺を喜ばせたいならもっと違う方法考えろ」
「うーん……もう手立てがないなあ。待ってね……考えるから」
「考えるようなことじゃないだろ。簡単なことだよ」
「……え?えー……っと、うーん?」
「はあ……馬鹿の相手は疲れるな」

体を離したファイくんはうんざりした顔してる。いよいよ不機嫌な彼に私は慌てふためいた。

「ごめんね。何が嬉しいか教えてくれるとわかるかも……!」
「……俺は人間じゃないから」
「うん?」
「菓子も飯も食べたって大したエネルギーにはならない。いい服も靴も帽子も、貰ったって使いどころがない。CDやDVDは、俺は面白さがわからない」
「……」
「貰ったって迷惑なんだ。着せ替えが趣味なら服はともかく、他はいらない」
「ファイくんも……美味しいもの、食べたいかなって思ったんだけど……」
「……」
「迷惑、か……そっか、……うん、ご、ごめんね……」
「……」
「とりあえず……着替えてくるね」
「そうしろ」


寝室に入って、ドアを閉めて。私はベッドになだれ込んだ。
深く高級な布団に沈み込んで、ふうと息を吐く。

「(迷惑だったか…………)」

ファイくんが好きで。可愛がりたくて。お布団もビーフもメロンもパンも……色々買っては見たけれど。

「(押し付けてたみたい……)」

お世話って難しい。好きって気持ちを伝えるのも難しい。私の作戦ではファイくんには一つも響かなかったみたいだ。うっかり涙が出そうになるけれど、泣いたら気を遣わせると踏ん張って耐えた。

「(なんだかすごく、みっともないな)」

ショーウィンドウであの日見た、微笑みをたたえてるファイくんをもう一度ここで見たいと私は奮闘していたのだけど、失敗してしまったらしい。

とりあえず起き上がって、着替えを済ませた。けれど居間に戻るのが怖くなってしまった。

「(どんな顔で会えばいいのかなあ)」

うーんと悩んでいると、遅くて心配したのかファイくんが寝室に入って来た。

「何をしているんだ。まだ俺を待たせる気かよ」
「あっと……今、そっちに行こうと思ってたんだよ」
「……落ち込んでるのか」
「ちょっと……」

背を向けた私に、ファイくんが近寄る、後ろから抱きしめられた。

「慰めてくれてる?」
「そうだよ、主人が落ち込んでたらこうして後ろから抱きしめる決まりなんだ」
「そっか」
「……ちなみにこの決まりはたった今俺が作った」
「そうなの?」
「いいだろう。気に入ったか?」
「うん、すごく……」

得意げに笑う声が聞こえたので、私もつられて笑う。ファイくんは要らないものをたくさん買ってこられても、変わらず私と接してくれるようだ。案外良い子なのかもしれない、私はそうだと思ってた。

「前しか見れない視野の狭いお前のために……俺のされて嬉しいこと、一つ教えることにする」
「なになに?」
「こっち向け」
「はいはい」
「俺に抱きつけ」
「?はい……ぎゅう」
「それでいい」
「…………なんだろ?」
「お前絶望的にカンが悪いな。ちょっと引くぞ」
「え?あれ?だって……?あ、……つまりギュってするだけってこと?」

無言のファイくんがそっぽ向いて目を合わせないと決めたようだ。でもお互いの沈黙と私の視線に耐えかねたのか、返事をくれた。

「そういうことだよ。簡単だろ」
「本当にこれでいいの?」
「……あのな。ご主人様に抱きしめられて喜ばないロボットはいないだろ」
「……そっか?」
「どうしてピンとこないんだよ。お前だって俺に抱きつかれたら嬉しいだろ」
「うん。でも私の場合ファイくんが好きだからであって」
「……」
「……あれっ?」
「初めてあった時からぼーっとしてるとは思っていたが、まさかここまでとは」

やっぱり不満顔のファイくんだ。けれど今日はその中に、ちょっとだけ照れが見える……気がした。

「つまり……もしかしてファイくん、私のことが好き?」
「ご主人様を好きじゃないロボットはこの世にいない」
「……」
「……」

言葉がなくて見つめあう。
正直に気持ちを伝えるのは苦手らしい、ファイくんが珍しく煮え切らない声を出した。

私はすごく嬉しくなってファイくんにもう一度ぎゅううと抱きついた!

「ファイくん!!!!」
「なっ、なんだよ」
「大好きです!」
「あー……それは知ってた」

ぎゅーっとくっつく私の力が強くて、動きづらいファイくんがよろける。あーもう、と声を出して、彼の両手が私の体を持ち上げた。
そのままだっこだ。首に手を回させられて抱えられる。

「突進するなよ」
「抱きついたんだよ。突進じゃないよ」
「ふーん?なんでもいいけどな」

にやっと笑ったファイくんがもっと近づけと背中に寄せた手の力を強める。そうしてファイくんの肩にしがみついた私の、首筋に唇を寄せて軽いキスをした。

「わ……」
「ミキ」
「な、なんだろ?」
「明日も休みなんだろう?」
「あぁ、うん、繁忙期の振替で一日お休みだよ」
「今から約束をしよう。どこにも行かないで俺と部屋で過ごすって」
「うん……もちろん!」
「よし。絶対守れよ」

絶対だぞ、と付け加えるファイくんはなんとも……子供っぽい?寂しがりや?
私の返事に機嫌が良くなったファイくんだ。向き直ると、キスをしてきた。一度や二度じゃ足りないらしい、何度も。
もしかしたら結構、甘えっ子?なんて思いながらもドキドキする反面……。私が今日買った食料の山をどう処理するか……現実に引き戻されつつあった。

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