verΦ | ナノ


3 続・親睦


というわけでベッドに高級布団を移植した。

「できました!寝てください!」
「……うん」
「どうかな?」
「ソファよりはマシだな」
「そりゃ、でしょうね……?気に入った?」
「まあまあ」
「まあまあか〜。ファイくんは難しいな」
「難しくない。お前が難しく考えすぎなんだ」
「うーん……ま、いっか!」

ファイくんを喜ばせようと買ったものは軒並みフツーな評価をされてる。今度は何をしようかな、と考えながら床に敷いた布団に入る……。

「おいお前なんで布団で寝てるんだ」
「うん?」
「ベッドで寝ろよ」
「はい?……わっ!?」

ファイくんに体を持ち上げられて、ベッドの上に降ろされる。見上げると、何か文句あるのかとばかりの不機嫌な顔が、目があった途端にっこり変わった。

「(わ……!!!!)」
「セクサロイドは別名?」
「別名?」
「添い寝ロボットだ」
「そうなの?」
「かつて法規制が厳しかった頃、セクサロイドとしての登録は認められなかった。というわけで生まれたのが添い寝ロボットだ。もちろん添い寝だけじゃ済まなかったがな。だいぶ昔の話だよ」
「そうなんだ」
「俺も添い寝は得意なんだよ」
「……えーっと」
「寝るぞ」

布団に入れられ、ファイくんも入ってきて。肩が触れ合う距離から呼吸まで聞こえる。

「(ね、寝れないよ!急にどうしてこんなことになったのかな!)」
「そわそわするな。寝づらいだろ」
「ご、ごめん……(あれっ寝るのかな?)」
「ああ流石に狭いな。お前、俺の陣地は侵すなよ。わかったな?」
「はーい、わかりましたわかりました」

本当か、なんて意味を孕んだファイくんの目が私をなじる。なんであれ一緒に眠るのは嬉しくて仕方ない。ちょっと夢だった。
感動を噛み締めているうちにすっかり眠り込んでしまった。

翌日、奇怪なファイくんの行動はなぜか説明書を読み込んで調べる。2500ページのそれをねっちり見つめると、それっぽい項目に目がいった。

『ロボットによってはナワバリ意識が強いものもいます。他のロボットを飼うことで自分のナワバリが侵されたと考えた時、主人にやたらベタベタと絡むことがあります』

「(これかな?まさかね……)」

他のロボットは飼ってないけれど他のロボットの動画は見ていた。ベタベタ絡んでるって風ではなかったけれど、もしかしたら……?
私が熱心に辞書レベルの分厚さの取扱説明書を見ていると、退屈で溶けそうなファイくんがぶっきらぼうに話しかけてきた。

「おいミキ、何か面白いことをしろ」
「たとえば?」
「それを考えるのがお前の仕事だろ」
「(偉そう……)」

部屋にある雑誌も、本も、DVDも、あんまり楽しくないようだ。
ベストセラー小説も人気のドラマも一応は見たようだが、彼の退屈は癒しきれない。

「ファイくんはどういうことが好きなのかな」
「……んー……」

悩みこんでしまった。しばらくの思案の末、私を手招きする。ファイくんは私に用事がある時とにかく呼びつける。

「はいはい、なんですか」
「お前と遊ぶ」
「……うん?」
「それが一番、面白い」

珍しくにこにこ……いやにやにや笑っている。二人がけソファに寝そべってるファイくんの上に乗せられてまたがる形だ。

「(て、照れる!)」
「ほら、一緒に遊ぶぞ。何か考えろ」
「遊ぶって言われてもな。トランプとか?」
「お前。よくこの状況でそんな色気のない答えが出せたものだな」
「え……っ」

顔が赤くなる!色気のある答えってことは……

「な、なんだろ……」
「わかってるんだろ?ん?」

笑われながら、頬をファイくんの手がなぞっていく。私はピンときた。

「今、私で、遊んでるんだね……?」
「はあ。バレたか。簡単に答えを言うなよ、つまらない」
「(この……)」

ピシャリと言い切られて、恥ずかしいやらドキドキするやらムッとするやら。私の不満顔にファイくんは笑ったと思ったら、片手で上半身を倒された。ファイくんの体の上に寝そべる形となる。

「(ぎゃー!)」
「暇だな……寝るか」
「ん?ファイくんは寝ないんでしょ?」
「スリープモードに入る」
「あれっ!?寝るの?」
「低バッテリーモードをスリープって言うんだ、俺は。だから寝てない」

しかし、すやりと呼吸の音がして、ファイくんが眠りに入ったのがわかった。いや、眠りじゃなくて低バッテリーモードだった。
私は彼の胸に耳を当てる。鼓動の音まで再現していると聞いたが本当らしい。定期的に脈を打っている。
私は眠くないので、せめてここで説明書をまた読み込もうとしたけれど、背中に手を当てられてて逃がしてくれないようだ。

「(今ならじっと見ても許してくれるかな?)」
「……おい、……寝づらい……」
「(駄目みたい……)」

目の前で体を休めているファイくんを感じながら、ちょっとずつ仲良くなれてることに、私はついつい頬が緩むのだった。







あっという間に土曜日は過ぎて……また真夜中。
今日も一緒に寝てくれたはずのファイくんだったが、午前3時、隣には誰もいなかった。

「(どうしたのかな?……それより、トイレ……行こう)」

寝室を出ようと、ドアノブに手をかけた。
リビングからなにやら声が聞こえる?いや、声というより

「(息づかい……?)」

はあ、はあ?ぜえぜえ?そのような音だ。ドキリ、と心臓がはねる。私には心当たりがあった。今まで見たことはなかったけれど。

ゆっくりドアを開ける。バレないように細心の注意を払いながら。隙間から居間を覗く……ソファにファイくんが腰掛けている。

「ん……はぁ…………ッ」

切羽詰まった声だ。暗くてよく見えないが、やらしい水音も聞こえている。ぐちゃぐちゃ?にちにち?そのような音。
ファイくんは目を伏せて、肩で呼吸している。手は下腹部へ伸びている。いや、もっと下だ。
なにやら熱心にしていることは……充電だ。

セクサロイドは主人との性行為でエネルギーを充電する。または自分を慰める行為でも代替が可能だ。ロボットをお迎えして最初の一週間は毎日充電しなきゃならない。その後は週一回だそうだ。
だから今の今までも、ファイくんは私の知らないところで充電をしていた……それはわかっていたが。

「(ファイくんがそういうことをするのって、なんだか想像できなかったのに)」

釘付けになる。いつも憎まれ口を叩いている口はだらしなく開いて、多少頬を染めて汗をかいている。ロボットも気持ちいいと人と一緒なんだ?なんて考えながら唾を飲んだ。
ここでゆっくり開けられていたドアが鈍く軋む。ギイ、と音がなる。

彼はこちらを見た。
聞こえていた呼吸が止まる。
ため息に変わる。

「何してる?」
「あ……その……」
「覗きの趣味があるのか?お前」
「違……っあの、わたし、と、トイレ……」
「はあ……さっさと行けよ」
「う、うん……!」

近寄るファイくんがドアを開ける。
ちゃんと服を着てからこちらに来たようだ。
おどおどしている私を冷たく見下ろす。

これは……ここへ来て一番機嫌が悪そうだ。

用事を済ませて居間に戻ると誰も居ない。寝室に入ると不機嫌そうなファイくんがベッドに座って居た。

「良い子はさっと寝ろ。ほら」
「うん……」
「寝かしつけてやるよ。起きないように」

無理にベッドに招かれて、私はたどたどしくも布団の中に潜った。隣でファイくんは体を起こして、頭をぽんぽん撫でてくる。

「ごめんね……」
「許さない。謝りたい気持ちがあるなら早く寝ろ」
「うん……(眠れそうにないなあ……)」
「……目が冴えてるな」
「だって、びっくりして」
「お前、俺が何にもないところからエネルギーを調達できるとでも思っていたのか。人間だって飯を食べるじゃないか」
「わかってるけど……」

ため息だ。つんとした表情だけど、ファイくんはさっきまで……と思うとまた眠れなくなった。

「起きてるなら手伝うか」
「手伝う?」
「俺の充電」
「えっ……!!!!」
「はあ、言うんじゃなかった。お前、もっと寝そうになくなった」
「う……ごめん」
「あーあ。なんだよ、やっぱり嘘つきじゃないか」
「嘘?」
「今、俺をヤラシイ目で見ただろ」
「み……」

見てないよ!と声高らかに言おうとして、口をつぐんだ。本当は半分そんな目をしていたかもしれないのだ。
ファイくんはしらっとこちらを見ている。

「ヤラシイことしてたのはファイくんが先じゃんか……!」
「お前。今日生意気だな」
「(生意気なロボに生意気って言われる不思議……)」
「俺はヤラシイことするためのロボットだ。ヤラシくてなにが悪い」
「悪いなんて言ってないよ!」
「喋れば喋るほどお前、目が爛々としているな。いいからさっさと寝てしまえ」
「だから眠れなくて……」
「はあ……なんでだよ」

ラチがあかないやりとりに、ファイくんはうーんと唸る。それで、わかったぞと言った顔をした。

「俺とヤりたくなったのか?」
「!!」
「……」
「ち、ちがうよ……」
「俺の目を見てそう言えよ」
「ちがうよ!」
「あっそう……」

へーえ?ふーん?と冷ややかな目が私を突き刺す。まるで私を信用してないって態度だ。

「(えっちなことしてたのはそっちなくせにどうして私がダメなやつみたいな〜!も〜!)」
「誠心誠意頼み込んだら、やってやってもいいんだけどな。お前はやりたくないんだもんなあ」
「えっ!えええっ!」
「どうする?」

間違いない、私を試してる。流し目がそう言ってる。それにファイくん、ちょっと笑ってる。

「頼み込んでも……やらしてくれないと見た!」
「それは頼んでみないとわからないさ」

きっと俺は嫌だとか本当にするとは思わなかったとかいう類の罵声を浴びせる気なのだ。
いや、でも、本当におねがいごとを聞いてくれるつもりなのだろうか?おそるおそる、ファイくんのご機嫌を伺いながら、口を開いた。

「えっちなんて贅沢言いません……ほっぺにキスをしてください」
「なんで敬語なんだよ」
「だ、だって……」

はあ、とため息をつかれた。やっぱり違ったようだ。ファイくんの気まぐれも相当だ。
……と落ち込み切ったころ。

頬に手を当てられる。振り向いた私の目の前に、ファイくんの顔が。

ーむちゅ、と唇と唇が触れ合う。私は目がまん丸になった。

「はえ……」
「ほら。頼んでみるものだろ?」
「あわ……」

わーー!!!!という叫びは高級布団に吸い込まれた。私が布団に顔を埋めたからだ。

「そんなに嬉しかったのか」
「び、び、びっくりした!ほっぺって言ったのに」
「サービス。……これでわかったろ。俺は結構優しいって」
「うん……わかった……」
「疑ったことに対するごめんなさいは」
「ごめんなさい……」
「よろしい」

なぜか得意げなファイくんだ。おろおろそわそわしている私を尻目にどかりとベッドサイドに座って腕を組んでる。

「おねがい聞いてやったんだ。さっさと寝ろ」
「わ、わかりました、努力します」

布団に入って目を閉じる。隣で体を起こしたまま、ファイくんが髪を撫でてくれた。
触られてる方が眠れないけど……そのままでいたくて、私は眠ったふりをする。そのうち本当に寝てしまった。



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