エステ | ナノ


AFTER1

「ごめん、今週の日曜はお休みなんよ」
「えっ…!!」

あの裏メニューが忘れられなくて、私は柏木さんの携帯に電話をかけていた。
勇気を振り絞って押した発信ボタンだったが、どうやらから回ってしまったらしい。

「月曜の夕方か、金曜の夜なら予約入ってないけど、どう?」
「来週は仕事がびっちりで…はぁ…残念ですが今回は予約やめま…」

私の心底悲しそうな声に良心を揺さぶられたのか、柏木さんが言葉を重ねた。

「ちょっと待って。日曜日の夜は空いてる?」
「え…?」
「僕も君に会いたいし、お店開けてあげる。ただ、君の希望の15時からは無理や。18時からならええよ」
「い、行きます!」
「そない声張らんでも聞こえてる。でもええ返事やね。おいで、楽しみに待ってるから」
「はい。じゃ、…じゃあ、その日…」
「はいはい。あったかくして来るんやよ」

通話が切れた携帯電話を握りしめて私は震えていた。

「(予約、取れちゃった…!)」



エステ2


当日、私は駅から繁華街への道のりをたどたどしく進んでいた。
期待と不安で胸をいっぱいいっぱいにしながら、やがて例のビルのエレベーターに乗り込んだ。

「(私は裏メニューがしたいんじゃなくて、あくまで普通のエステを受けたかったからで…!)」

なんて自分を騙しているうちに、目的の階でドアが開く。
深くお辞儀をしている柏木さんの頭が見えた。向き合った彼の顔は出会ったときと同じようにおっとりにっこり笑みを浮かべている。

「久しぶり。お待ちしとったよ、ミドリさん。元気にしてた?」
「は、はい。今日はよろしくお願いします」
「うん、来てくれてありがとね。さ、中に入ろか」

前回と同じ応接間に通されて、最近の体の調子など質問が並ぶカルテを書かされる。
あらかた埋めた頃には、甘いピーチの匂いが立ち込める暖かい紅茶が目の前にさしだされていた。

「あれから時間空いたけどどうしとった?」
「えっと、仕事がびっちり詰まっていました。今日も午前入ってて」
「確かにお疲れな顔してはるわ。よし、今日もしっかり疲れをとってあげるから僕に任せて」
「は、はい…!」

柏木さんは前と似たような柄シャツに、腰に巻いた黒のエプロンが足を隠している。縛られた茶色の髪を揺らして微笑んだ。
その立ち振る舞いからは前回淫らな関係を持ったことなど感じられない。対照的に私はそわそわきょろきょろ落ち着かなくて、汗が出た。
応接ロビーの四角いテーブルにはL字型の三人掛けソファーが設置されている。柏木さんは私の隣に腰掛けて、私の持ってるカルテを覗き込んだ。

「(なんか……近いぞ…!)」
「うんうんなるほど…とりあえずちょっと、腕出して。軽く触ってみてもええ?」
「えっ!?」

私が大きな声をあげると、柏木さんは呆れ顔で笑った。

「違う違う、どれくらい筋肉が張ってるか見ときたいんや。最初に足湯に浸かってもらう間にどんな施術にしようか考えやなあかんからね」
「あ、ああ!はい、どうぞ」
「ふふ、そない緊張しやんでも。僕たちこうするの二回目やん。…それとも前みたいにまた変な想像したん?相変わらず気が早い子やね」
「へっ!?えっ!?」

ぱちくり瞬きする私を置いて、柏木さんは真剣モードだ。

「あー…それにしたって結構凝ってるわ。前だいぶ解したのになぁ。軽く揉んでみるからじっとしてて」
「あ、あ、は、はい…!」
「ふふふ。別にとって食べたりしやんから、そんなビクビクせんとって。リラックスやよ?」
「(と、言われても……)」

今や柏木さんの一挙一動が気になって仕方なく、彼の細くて長い指が私の手に触れるのを目で追いかけた。リラックスなんてとてもじゃないができない!

柏木さんの肌と私の肌が、混ざり合うみたいに密着する。
腕を触られているだけなのにびっくりするほど気持ちよくて、思わず釘付けになってしまった。食い入るような私の視線に柏木さんはしっかり気付いて目を細めた。

「ミドリさん、何をまた動揺してんの」
「へ!?し、してないです!」
「そう?でも、こうされてドキドキしたとしても別に変なことやないよ。なんというか…」

目を伏せた柏木さんが言葉を続ける。

「僕の手って中毒性があるみたいなんよ…」

更に手を深く重ねられた。そして指先が肌を、つーっとゆっくり撫でていく。胸がカッとあつくなる。

「ほら、今、僕に欲情したやろ」
「え…っ!」
「だって僕が触るだけで顔つきが変わったやん。目がとろんと潤んで、頬が赤くなってる」
「う、うそ…!」
「よし、もっとそんな気持ちにさせてあげよかな」
「ぁ…」

腕を滑って二の腕まで、柏木さんの手のひらが触る。びくんって跳ねた私の体を見て、柏木さんは笑みを浮かべた。

「かわええ反応や…」
「や、めてください…!」
「ええの?やめて」
「〜〜っ」
「体暑うなってる。なんでかな」
「っ…柏木さん、誰にでもこんな感じなんですか?」
「ん?どうやろね…」

そうして彼は一瞬の思案ののち、私の目をまっすぐ見た。

「君が特別かもしれへんよ」
「(な、何言ってもこんな感じに返される…!)」
「なぁ、ミドリさん。今日はどーするん…?僕とするの?せぇへんの?」
「え、ぁ…する…とは…」
「そんなん、決まってるやん」

ーーえっちなことや。
わざわざ私の耳元まで顔を寄せて、柏木さんが囁く。
ぎょっとした私が瞬きしながら彼の目を見ると、柏木さんはにっこり笑って首を傾げた。

「ええええっと!その!あの!」
「ん?あれ?今日はそのつもりかと思ったんやけど違った?」
「ちが…ッ(違わないけど違わないけど違わないけど!)」

たじろいだ私の激務と緊張で張り詰めた体を柏木さんはぐるっと見た。

「からだ。結構凝ってはるね。そろそろはじめよか。……普通に、マッサージを、やからね?」
「あっ、あぁ、はい!」
「あと裏メニューは後からでも追加できるから考えといて」
「え!?」
「ふふっ、ミドリさんってほんと、からかい甲斐がある子やね」
「へ!?」

くすくす、笑みを隠さない柏木さんだ。
思い切り笑われて、私はもっと顔が赤くなる。

「私、今、からかわれてたんですか!」
「そうやよ。……またそんなびっくりした顔して。もしかして、施術サボっていかがわしいことだけしよかな……みたいな、そんな不良なマッサージ師に僕が見えてる?」
「見えますけど……」
「あぁ、そんなはっきり言われると落ち込むわ。ミドリさんは素直やね。僕、これでも真面目な人間なんやけどな」
「ええ……そう、ですか?」
「もうなんやのその訝しい目は。……やめて、そない見つめられるとなんか……変な気分になるわ」
「!」

照れたようなそぶりをされて、私こそより意識してしまう。これも、からかわれているのだろうか。冗談だと聞かされて、胸に安心と落胆が同居している。裏メニューを求める自分に気がついて、真面目にエステを行おうとしている柏木さんに申し訳なくなった。

俯いて汗をかく私を、呆れた色の笑みを浮かべて柏木さんは見下ろす。軽くため息をついたら、ちょっと低い声を出した。

「……ねえミドリさん。ほんまにして欲しかったらお口でも素直に教えてくれんと。僕わからへんからね」
「え……」

にこりの笑みを見せたら、私の手を引いて廊下へ向かう。そしてパーテーションで区切られた半個室の足湯部屋に案内された。

「(う、うらメニュー…し、して欲しかったとしても…面と向かって言うなんて恥ずかしいよ…)」

加湿器とアロマキャンドルと七色にライトアップされる足湯…間接照明が薄暗くて、落ち着く。目をつむって軽く汗をかいて、だけど裏メニューのことを思えば今回はうとうともできない。








足湯の後は、前と同じ部屋に通された。

「(こ、心の準備が…!)」
「じゃあ横になって。あ、そのムームーは脱いで、僕に頂戴」
「は、はひ…」

何十分かの癒しタイムに少しは落ち着いたはずの私だったが、しどろもどろの指先はもつれて上手に服を脱げない。手間取っていると柏木さんが見かねて近寄ってきた。

「あれ、どしたん?…あ、わかった。僕に脱がして欲しいんやね」
「えっ!いや…!」
「へぇ。して欲しいんや。意外と大胆やなぁ」

柏木さんが私を見下ろす。リボンを彼の細い指がひっかけただけでスルスル解けていく。紙パンツ一枚の体を晒すのは抵抗があり手で胸を隠すが柏木さんは全く動じないで脱がしたムームーを回収した。

「(なんだかすっごく恥ずかしい…!)」
「これで後は気持ちよくなるだけやね」
「あっ、ありがとうございます…(それっていやらしい意味かな!?)」
「ん…じゃあちょっと僕に捕まって」
「はい?」
「肩に手、かけて。そう……よいしょっ」
「わっ!?」

ほぼ裸の私の膝裏をさらってお姫様だっこをしたら、ベッドに優しく降ろされる。仰向けの私がぱちくり瞬きして柏木さんを見ると目があって、よりにっこり笑ってくれた。それから前みたく濡れタオルで目元を、普通のタオルで胸を覆われる。

「(なんだこの…なんだー!?)」
「これでよし。リラックスするんやよ」
「は、はひ…頑張ります…多分…」
「じゃあまずは。どこからにしよかな」

指先は踊るように肌の表面を歩く。

「とりあえず肩から爪先まで血を流さなね。特製ジェルで君の体触っていくけど、眠なったら寝たってかまわへんよ」
「は、はい、お願いします」
「まぁ寝たら"お楽しみ"できやんから、起きとってくれた方が都合ええけど」
「えっ…!?」
「あはは。君今日驚いてばっかりやね。あかんて、いちいちびっくりされたら。面白いわ」
「あ、いや、はぁ…ですか…!」

冷たいジェルがたっぷり馴染んだ柏木さんの掌が鎖骨にふれた。ぐぢゅり、と音を立てて腕に流れる暖かい肌の感触。軽く圧をかけて、血の巡りを活発にしていく。
リラックス、と彼は言うがとてもじゃないけどできそうにない。

「あれ、やたら体張ってしもてる。どうしたんやろ」
「すみません…どうもソワソワしてしまって…(だって、だって…!)」
「この強さじゃ痛い?」
「いえ、それは、全然…!」
「そやったらええんやけど…」

甘い香りがする。
ジェルに蜂蜜が混じってるらしい。
だけど今はそれどころじゃなくて…触れられるたびに前回のアレを思い出して体を固く強張らせてしまう。我ながら意識しすぎだ、どうしようと思案していたら急に柏木さんの手が離れた。そのまま体を起こされる。

「あれ?」
「あかんわ。ミドリさん、力入りすぎや」
「で、ですか…?」
「こんな変に強張ってるのにマッサージは危険やからね。なんとかして緊張をとかなお仕事にならへんわ…どないしよか…」
「えぇっ!ど、どうしましょう…」
「なんでそないなってしもたんかな?ミドリさん自分でわかる?」
「えっ…と」

俯く私は羞恥で顔が熱くなってる。
とてもじゃないが緊張の理由を言えそうにない。
ちょっと屈んで、柏木さんが私の顔を覗き込んだ。そして手と手を重ねる。びくんと震えた私の体に視線を落として、にっこり笑った。

「もしかして、単純に僕を意識してしもたからとか?」
「…っ」
「ん?この反応は本当なん?あは…まぁそっか。前あんなことしたしね、意識してしまうのも普通やわ。だとしたら…ミドリさん、これからどうしよか」
「えぇーっと、どうしましょう……」
「緊張解く方法。僕は一個だけ知ってるけど、してみてええかな」

やさしい声だ。怪しいくらい。

「はい。…?」
「ちょっと目、瞑って」

言われた通り目を閉じたら、急に腰を引き寄せられた。そしてそのまま、
ーーーーちゅ…っんちゅ…
と音を立てて、唇が合わさって舌が入ってきた!

「んんっ!?ん…っ!?んぅ…」
「…ん…じっとしてて。こうしたら力抜けるやろ?」
「はぅ、ん…ッ柏木さん、ぁ、……」
「ふ…ほら、もう体、くたくたや」

ちゅぱ…とかなんとか名残惜しく音を立てて柏木さんが顔を離した。
瞳孔が開いている私を見つめながら、唾液で濡れた自分の唇をペロリと舐める。
それからにっこり、笑顔を見せた。

「んー…ミドリさんの目、潤んでる。色っぽいわ…」
「ふぁ、ぅ…はぁっ…いきなり、しないで、ください、私…」
「あかんかった?」
「ぁ、…」

顔を覗き込まれる。ゆっくり近づいて、私が逃げられる速度でキスを迫ってきた。軽く後ろに体を傾けた私だったが、すぐ捕まってまた淫らなキスをされる。

「ミドリさんの体、さっきより熱くなってる。これじゃまともに施術できへんし、さて……」
「あ、ぁ……」

瞳を見つめたら、目を細めてこちらを見返された。こちらの答えを待ってるらしい。私がなにも口に出せずにいると、

「駄目なら駄目って言わな。それか態度で示して。なんもせんと受け身でいたら…僕みたいな人間は勘違いするんよ」
「んっ……!」
「…からだ、びくびくさせて。キスだけで…そんな感じるん?」
「ぁ、あぅ、…はっ…柏木さん、わたし…」
「あらら。えっちな顔して。やっぱり僕目当て…やったんかな?」
「ぁん……っ」

体を掌でやらしくまさぐられ、力が入らない。
触れるところすべて心地よくなって、余計な力が抜けていく。だけどそれ以上進むためには、私の一声が必要らしい。

……………………永遠に続くみたいな沈黙の果て、私は観念した。

「う、裏メニュー……。お願いします……」
「ふふっ、ええよ。ちゃんと言えてえらいえらい」
「……あ」

優しく頭を撫でられて、変な気分になる。緊張で乱れた呼吸が肩を上下させる。柏木さんはちょっぴり呆れたような顔で、にっこり微笑んだ。

「もっとキスしよか……ええよね」
「は、い……」

ちゅう、ちゅぷ、控えめながらも淫らな音が響く。今日も他のスタッフがいないこの部屋で、口づけはより深くなる。

「ん……そない恥ずかしがられると僕も恥ずかしなってくるけど……」
「はぁ、……っえっと、でも……」
「待ち遠しかった?僕とするの」
「……はい……」
「ふふ。僕も。ミドリさんがくるの待ち遠しかった」
「えっ?」
「そりゃそうやろ。僕たちこの間あんなことしてしもたんやから。ふとした時にミドリさんのこと思い出して、早よ来てくれへんかな〜って考えとったんよ」
「ほんと、ですか?……っあ、……っはぅ、……手、……その」
「ちょっと汗かいてはるね、からだアツイわ。ミドリさんもう準備万端やね」

汗ばむ肌を滑って手のひらがゆっくり胸の形を変えた。指先が気持ちいい部分をかすかに触る。それさえ私には刺激的だ。

「っん!……んうぅ……は……」
「かわええ反応。もうこんなにして」
「だって、……柏木さんが」
「僕が何?」
「ふ……っうぅ、あ……っ、あ、やっ」
「おっと、そんなからだ捻らんでも。やらしいわ」
「……っ!」

ベッドに背中がついた。寝転がされて、柏木さんが私の上にまたがる。やけに静かな店の中、覆い被さる柏木さんの、髪が私の顔にさらりと触れた。

「ふふ。もうとろとろな顔してる」
「ですか……?うそ……」
「です、やよ。ふー……はぁ、僕も熱くてかなわんわ」
「あっ!はぅ、……っんんぅ!て、手……あの、」
「脱ごかな……」

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