エステ | ナノ





都内、とある繁華街。
日常生活に疲れた若きOLが足を伸ばしたのは界隈ではそこそこ名の知れたエステだった。

なんでも代表の男は神の手を持つとか…胡散臭い渾名で有名らしい。
あまりエステには興味なかったOL(名前にしてミドリ)だったが、同僚に少しは自分の体を省みろと心配されては仕方ない。せっかく譲り受けた初回無料チケットを無下にもできず、とりあえず一度行って義理は果たすかと決意した反面、ドキドキワクワク初エステ体験に多少は心を踊らせていたのだった。

雑居ビルの7階、エレベーターを降りると清潔感のあるおしゃれな内装が目に飛び込んできた。
予約時間ぴったりに訪れたミドリを、エレベーターの前で迎えた男こそ、噂の張本人のようだ。彼は深々お辞儀をして、彼女に向き直った。

「この度は当エステをご利用いただきありがとうね。僕が担当の柏木や。よろしゅう頼むわ」

ニッコリ笑う、年頃にして三十そこそこの男。どこか胡散臭く軽薄で、いかがわしい雰囲気に鈍いミドリでもピンときた。

「(これは!はんなりエロエセ関西弁マッサージ師だ!)」

「どうしたん、固まってしもて。予約のミドリさんで間違いないんよね?」
「は、はい…!あ、あの!ここって普通のエステですよね!?」
「えぇ?そらもちろん。普通じゃないエステってなんやの」
「あ、あ……っなら、いいんですが、…でも…えっと…」
「あらら。えらい変わったお客さんが来てしもたみたいやな」



◇ はんなりエロエセマッサージ



「なるほど、マッサージと称してイタズラされるのを警戒してたんやね。そんなんここ日本であるわけないやろ」

応接間に通されて、宥められるミドリだ。目の前には紅茶が入れてある。
いい匂いの立ち込める店内は、仕事終わりに来たせいもあって彼女と柏木の二人きりだった。彼は軽くため息をついて、あくまで穏やかに話を進める。たしなめながらミドリを見据えた。

「変なビデオとか小説やないんやから。お客さん、考えすぎや」
「ですが店の場所も近隣区民からはスラムだって言われてる繁華街だし…それに…」
「はぁ…言いたいことわかったわ。僕が怪しく見えるんやろ」
「ひぇぇ…すみません」
「ええよ。実はよく言われるんよ、胡散臭くて怪しいって…なんでやろね」

そう瞳を伏せるが、胸元の開いた柄シャツに長めの明るい髪を縛っていていかにも怪しく、それなりに端正な顔が彼をより変に見せていた。
ゆっくり且つおっとりした彼の話し方は心地よく、癒しが仕事なのが頷ける。垂れ目で相手に攻撃的な部分がない容姿もひっくるめて完成されすぎていて、ミドリはまた疑いを持ってしまった。
だが、確かに彼の言う通り、そんな事は現実にあり得ないことなのかもしれない。現にこのエステは、同僚が勧めてくれて、聞く限り評判がよいのだから。
ミドリは考え直して、彼に向き直った。

「さっきは早とちりしていました、すみません。こんな私ですが今日はよろしくお願いします! 」
「こちらこそ、しっかり施術するから安心してや。僕に任せたら日常の疲れなんてスッキリ飛んでしまうんよ」

柏木の笑顔を見て、ミドリはやっとこの男が女好きのする見た目だと気がついた。今度は別の意味で…つまり恋に落とされそうって意味で、彼女は危機を覚える。

「(やっぱり、騙されないぞ!)」

「で、…あぁ、ミドリさんは滝川くんの紹介なんやね。同じ会社なんやろ、よく話は聞いてたんよ」
「え?私の話ですか?」
「そうや。滝川くん君を狙ってるんかもしれへんね。本当によう僕に話してくるから」
「あっそれはないです!このチケットくれるときも、彼氏のいない私にイケメンマッサージ師を紹介してやる俺っていいやつだろって言ってきましたから!」
「えぇ…イケメンって僕のこと?」
「多分、そうじゃないですかね」
「滝川くんにはかなわんなぁ…。まぁでも、カッコイイとはよく言われるんやけどね」
「(この人タッキーにちょっと似てるな!)」
「それで、どう?僕は君のお眼鏡に叶うイケメンやったかな?」
「ち…」

ズイ、と距離を詰められてミドリは目をぱちくりした。ふふ、と笑う柏木はこういうことに慣れているらしい、彼女の顔を覗き込んだ。

「近いですけど…!」
「そう?ごめん、ドキドキさせてしもたかな」
「な、な、(何言ってるんだこの人は!)」
「ま、ええわ…これ、カルテなんやけど、初めての人には書いてもらうことになってるんよ。書いてる間僕は準備してくるから」
「はい…!」

柏木の後ろ姿を見送って、ミドリはドギマギした。

「(トンデモナイ人だな…!)」

カルテとアンケートを書かされたら、サウナにしばらく入れられて、それからエステが始まるらしい。
ほかほかに火照った体で、通されたベッドのある部屋は間接照明が雰囲気を演出してなんともオシャレな空間だった。

腰に黒いエプロンを巻いた柏木が彼女を出迎える。

「(施術もこの人なのかー!女の人がよかったなぁ…!)」

「じゃあ、マッサージ始めよか。ムームー脱いだらベッドの上に乗って。うつ伏せで」
「は、はい…」
「胸がこのタオルの位置に来るようにね」
「は、はひ…」

ミドリがムームーを脱ぐのを戸惑っていると、柏木はキョトンと首をかしげた。

「あれ、お客さん、もしかしてエステ初めてなん?…僕は女性の肌とか見慣れてるから、気にせんでもええよ。仕事やしね」
「そ、うですかね…?(でも恥ずかしい…!)」
「そうや。さっさと脱いでしまい。時間なくなるやろ」
「は、はい…」

紙パンツだけのミドリをベッドにうつ伏せにさせて、その間に柏木は何かジェルの準備をしていた。本格的な道具が立ち並ぶ個室を見渡して、ミドリは感心してしまう。

「(最初は怪しいって思ったけど、普通にエステなんだぁ…いい匂いがするなぁ…)」
「これ、ええ香りするやろ。何種類もの花とハーブがブレンドされてるんや。体をあっためる成分も入ってるんよ」
「ひゃ!冷たい!」
「我慢してや…つめたーいジェルを刷毛で塗られるのって変な感覚やと思わへん?変っていうか、…気持ちいいっていうかね」
「んん…?」
「全身隅々まで塗るから、リラックスしててや」

ゆっくりとしたペースでジェルを塗られて、さっきまでそわそわしていたミドリも徐々に落ち着き始める。全身塗られた頃には眠たいくらいだった。

「お客さんめっちゃ仕事忙しいんやろ?体は正直やからちょっと見るだけですぐわかるわ」
「はい〜今日もさっきまで残業で、もう…大変です」
「肩凝りと腰痛が酷いってことやからそこ重点的にしよか。まず、肩から…」

柏木の手が肩甲骨あたりに触れる。それから両肩に両手のひらが軽く圧迫しながら揉みほぐされる。

「(ふゃー…やばい、きもちいー……寝そう…)」
「全身の血の巡りを良くするために、体、触っていくけど…痛かったらすぐ言ってや」
「はーい」

身体中血液の流れに沿ってマッサージされて、20分くらいそうしただろうか。
ジェルの効果と、施術の効果が合わさって体が温かい。ミドリは夢うつつになるくらいリラックスしていた。

「血液の巡りが良くなっただけで肩も腰も少し楽になったんやない?」
「ほんまや…」
「あれ?僕の関西弁、うつったん?」
「あっ…あはは…」
「ふふ、まぁええけど…。今度は仰向けになって」

言われた通り仰向けになったミドリの目には濡れタオル、体にバスタオルがかけられる。その下に手をいれられて、さっきと同じ要領で体を触られた。

「あっ、あ、……はわ…」
「仰向けは恥ずかしいん?大丈夫、タオルかけてあるやろ」
「は、はい…でも手が、中にあると、なんか、」
「ん…?あぁ…なるほど、変なこと考えてるのは君の方違うん?…ここ来たときも変なこと言うてたしね」
「え!えぇっ!」
「そんな顔せんでもええやろ。恥ずかしいなら言わんかったらええのに」
「は、はい…(ひー顔から火が出る…!)」
「僕の手、気持ちええやろ。他人の手に触られるんはそれだけで気持ちええけど…僕は特別やと思わへん?」
「はい…すごく眠くなるっていうか…」
「別にマッサージをしなくても、撫でてるだけで気持ちいいって言われるんよ」
「ふわぁ…そうかもしれません」
「ちょっとやってみよか」

力を入れず、肌の表面をなぞるだけだ。横腹から脇の下にかけてすーっと手のひらが移動する。

「どう?どんな感じ?」
「んん…っあったかいです」

そのまま手は肩を触って、腕に流れて、つま先まで。

「だいぶ体ほぐれたみたいやね」

お腹に戻った柏木の手のひらは上へ移動する。
胸に当たるか当たらないかの際のラインで、指圧した。若干こそばゆいくらいの刺激にミドリはなんとなく体をよじる。ゆっくり、指先は上へ移動して、

「ん…っ?ぁ、……」
「…ここは触られるん嫌?リンパはここに重点的にあるんよ…ちょっと我慢してや」
「え!ぁ、…ひゃっ!?」
「あは…君、めっちゃこそばがりやね」
「あははっ!ひゃあ、あっ!」
「ゆっくり触られてもあかんの?どないしよ…」
「(やばい、笑っちゃうよ〜!)」
「仕方あらへんなぁ…」

視界を奪われていてわからないが、どうやら柏木が自分に近づいたようだ。
それを感じたミドリが少し体を強張らせる。くすりと笑って、柏木が彼女の耳元に唇を寄せた。

「リラックスや…」
「ん!?ち、近いですよ…!」
「けど耳元で話されると心地ええやろ。どおや…?力抜いて…」
「う…〜〜っ」
「あかんわ、緊張させてしもた。…ここには僕と君しかおらんのやから、別に気負うことあらへんよ」
「あぁ、耳元で…やめてください〜ドキドキします!」
「鈍い子やね、させてるんや」
「へ……っ」

あはは、と柏木が耳元で笑うからミドリはびっくりする。

「そんな間抜けな声、出さんくてもええやろ…、わろてしまうわ」
「え、ええっ、だって柏木さんが、」
「ふふ…力、抜けたんやない?」
「あ、…っ」
「ほら、僕が触っても、こそばゆいだけやなくて、気持ちええやろ」
「ん…っそうかも、しれません」
「けど、君の心臓、ドキドキしてはるわ…。僕の手が触れるところどこでも熱くて、…触ってるこっちもええ気持ち…」

それでも耳元からどかない柏木に、ミドリは困ってしまう。
初対面の男とはいえ、こうやって甘く囁かれてしまえば、意識してしまうのは普通だと彼女は思った。それに触られている体はずっと心地よくて、気持ち良くて、…変な気分だ。

「ちょっとここ、ぎゅうって押すよ」
「はい、んぅ…っはぁ……っ」

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