イングリッシュロップ | ナノ


イングリッシュロップ1



「えー…今日からあなたの教育担当になる宗谷です」
「嗣村です。よろしくお願いします」
「先に言っておきますが、くれぐれも私の仕事の邪魔はしないでください」
「は、はい、頑張ります…!」
「はぁ…本当にわかっているんですかね」
「(なんだこの人は!?)」


彼の最初の印象は、高圧的でプライドが高そうな人…だった。
現在の印象は、それに「うざい」と「イキんな」と「かっこつけんな」が加わっている。
皆さんイキリという言葉ご存じですか。
関西の方言で、調子に乗っている、キザ、かっこつけている、きもちわるい、生理的に無理等の意味があるとこの間テレビの人が言っていました。私は影で、上司でありながら宗谷さんをベストイキリスト(略してキリスト)と呼ぶ運動をしています。
それほど、彼はイキっているのです。





▽イングリッシュロップ





「嗣村さん、営業行きますよ」
「え、今からですか?その・・・」
「ああ…まだ報告書が終わってないんですね、これだからゆとりは…。私の仕事のペースを乱していることを自覚してくださいよ」
「すみません!すぐ終わらせます」

この会社に入社して半年が過ぎた。
私は未だにミスが目立ち、ふがいなく感じることのが多い。
宗谷さんは私の教育係で、仕事の上で様々な面倒を見てもらっている。
彼は優秀な人で、仕事に関しては学ぶことは山ほどあった。
だから、今回のような事で彼を煩わせるのが本当に嫌だった。

…まあ嫌な一番の理由は、一言も二言も罵る言葉が飛んでくるからでもある。

「(むむむ)」カタカタ
「まだですか?」

私の隣のデスクに深く腰をかけて、足を組む。
早くしろと言わんばかりの苛立ちが篭った男の視線は遠慮を知らない。

「あと5分ほど時間をください」
「はぁ、仕方ありませんね。…おや、煙草吸うんですか?」
「いえ、滝川さんに貰ったんです。ほら、滝川さんはヘビースモーカですから。私は普段吸わないんですけれどね」
「滝川って、うちの部の滝川ですか」
「はい」
「へぇ、あまり感心しませんね」
「はぁ…」
「会社でチャラチャラしていることがね」
「はぁ?」

また始まった。
こうなると長いのだ。

「あなた、報告書はまだでも滝川といちゃつく時間はあるんですね」
「そういうわけでは…先週末、街で偶然会ったので食事をした時に頂いたんです」
「街で!?偶然?お茶?デートじゃないですか!」
「デートじゃないですよ、偶然ですよ」
「だからあなたたちは仕事ができないんですよ、会社は出会い系じゃないんですからね」
「わかっています…」
「封が開いてますけど、吸ったんですか?」
「開封済みを貰ったので」
「煙草吸ったなら私の車に乗らないでくださいよ!?」
「はいはい」
「はいは一回だと前も言ったでしょうが!」
「はい」

と、まぁこんな風に独自の世界観でものを言ってくることが常だった。
うちの会社でも癖のある宗谷さんだ。こうした私達の会話を周りの社員はこっそりウォッチしている(宗谷さんの言動を酒の肴にするためだ)。それがまた疲れる。

宗谷さんの自信は仕事だけに留まらなかった。
地毛の明るい髪、それがちょっと癖のあるのをうまくととのえている。これがまた気合いが伺えて、煩わしい。高そうなスーツに高そうな時計をして高そうな車に乗っているのも見せつけてくるようで嫌だ。顔は、憂いがあって格好いいと言う声を聞く…がこの完璧に人をバカにした態度を知ればその人達も閉口するだろう。
彼を知らない部署ではどうやら人気の”宗谷先輩”の実態はこれだけじゃない。

うちの部署で花見があったときの話だ。


−−

「嗣村さん、嗣村さん」
「なんですか宗谷さん」
「見てください、このグラス」
「空…ですね」
「注いでくださいよ。気が利きませんね」
「はい」(利かせてねぇんだよ)

宗谷さんが一気に酒を飲み干す。
そしてまた私にグラスの口を向けた。

「嗣村さん、嗣村さん」
「なんですか」
「酒っていうものは飲んだらなくなるものじゃないですか?」
「つ…注ぎましょうか?」
「分かったなら早く。気のつかない女ですね」
「……」

このように立場を利用して私をこき使うのだ。
別に酌をする事自体を嫌なわけじゃない。この態度が気に入らないから素直に気を利かせられないのだ。

『嗣村ちゃん、また宗谷に絡まれてんのか』
「滝川さん…そんな、絡まれるだなんて」
『あいつ普段からああだもんな。俺、同情しちゃうぜ』
「ははは…。それにしても皆さんお酒が進んでいますね。宗谷さんはお酒強いんですか?」
『あいつ酔ってもいまみたいに顔真っ赤になるだけでとくに変わらないウザったさなんだよなぁ。単に羽目を外すまで飲まないだけかもしれないけど』
「へぇー」
「嗣村さーん、なにしてるんですかー?」
『ほら呼んでるぞ、お前の男がさ』ニヤニヤ
「誰が私の男ですか!誰が!」
『あはは、そんな怒んなって』
「嗣村さーん」

しつこく名前を呼ばれて楽しい花見に水を差される。
気が乗らないが宗谷さんの元へ行くと、私が作った巻き寿司を指さして一言。

「これ、とても塩っぱいですね」
「な!すみません!甘めにしたと思ったのですが」
『え、宗谷、そんなに気になった?』
「部長は気になりませんでしたか?こんなもの…母さんのに比べたら生ゴミみたいですよ」
「生ゴミ…!?」
『ちょっと!宗谷、その言い方は酷いんじゃない?』
「でも本当なんで。酢をドバドバ混ぜ過ぎなんですよ、あと具も大きく切りすぎです。それから…」
『宗谷ちょっと待って!嗣村ちゃん泣きそうだから!ほぼ泣いてるから!』
「う、うううー!!(ぶっころがしてやる!!!)」ぽろぽろ
「はっ…本当のことを注意されて泣くとはね。社会人の風上にも置けない女性だ」
『言っとくけどこれは私でも泣くからね…!嗣村ちゃん、こんな奴放っておいて私とあっちでご飯しましょう』
「う…大丈夫です、泣いてません」ぽろぽろ
「号泣じゃないですか。さらにブスに見えますね」
『宗谷!』

このように私は固く握った拳のありかをずっと探すはめになった。


−−


あの後、私が泣いたことで皆から非難されキレる宗谷さんの話もある。
全て思い返すと長くなるので割愛するが、それもまた火に油を注ぐような内容だった。

そんなこんなで落ち込む私を滝川さんが見かねて慰めてくれた。
『あいつは家が金持ちだし小さい頃から母親に甘やかされて育ったからあんな仕上がりになってんだよ。その母親というのが女性にして日本料理会の第一人者と言われる−−……』
それを聞いて私は変に納得した。苦労も挫折も知らないお坊ちゃんだ、自分に自惚れる理由としては充分だ。
だからといって私が今大変な目にあって良い理由にはならない!
宗谷さんは口を開けばフラれたことがないだとか、大学自慢とか、下らない自己肯定話が止まらない。たまにそれ以外の話題になったかと思えば母親の話をする。
そんな宗谷さんだから、うちの部署の七不思議の一つとして『宗谷は今まで彼女がいたことがないのではないか』とまで噂されているのだ。


「報告書終わりました!」
「やっとですか。さぁ行きますよ」
「はい。待ってくださってありがとうございます」
「まぁね…。置いていっても良かったんですけど、特別ですよ」
「(留守番したかったなぁ…)」
「何ぼさっとしているんです。用意しなさい」
「は、はい!」

ただ、一つ問題があった。
この場合、普段の宗谷さんなら部下など捨て置いて営業にでもなんでも行ってしまうはずだ。
それなのに私の場合はこうして待ってくれる。

…つまり、どうもこの男性から私は好かれているらしいのだ。








「お疲れ様です、今日はもう上がっていいですよ。駅で下ろせばいいですか」
「はい、お願いします」
「それともご飯行きますか?」
「はい?無理です」

滞り無く今日の仕事も終えて宗谷さんの車の中。
こんな申し出は今まで無かったことなので反射的に口から本心が飛び出てしまった。

「無理ってなんですか。滝川とは行ったんですよね」
「行きましたけど」
「じゃあ行きましょう」
「行きませんけど」
「どうして」
「いや、これから予定があるので」
「昼間今夜暇だって部長に話してたじゃないですか」
「盗み聞きしてたんですか?」
「狭い部署内では聞こえてくるんですよ。そもそもあなたが大きな声で騒ぐから」
「騒いでません」
「騒いでました。とにかく、絶対に私に付いてきてもらいますからね」
「パワハラじゃないんですかそれは!」
「あなた、私が先輩だってわかってその態度ですか」
「わかってますけど」
「なんですか、けどって。なめてますよね」
「なめてません」
「チッ……近頃の若い女はどうしようもない」
「あっ!?ちょっと宗谷さん!」

ブロロ−−
車は駅とは反対方向に舵をきって走りだした。

「宗谷さんってば!」
「私だって別にあなたと行きたい訳じゃないんですからね!」
「じゃあ帰りましょうよ…」
「ただ滝川が後輩に好かれてご飯に行っている事実が気に入らないだけですからね!」
「それはそれで人としてどうなんですか…」
「さ。このビルの9階ですよ」
「……」

高そうな店で高そうな料理を食べるとかだったらどうしよう…

「行きますよ」
「(もおおお!)はい…」




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