本と蜂蜜 | ナノ








帰り道、隼人くんはいつになく口数が少ない。どうも親友くんの話の後から様子がおかしい。何かを悩んでいるようで、時折話を聞いていないこともあった。

「隼人くん?」
「え、あ。ごめん」
「謝る必要ない。どうしたの」
「…俺、女は皆ケーキとかパフェが好きだって思ってた。まさか紗良さんがそういうの苦手だなんて考えもしなかった」
「…」
「あぁぁ…俺…、自分の事ばっか…。ごめんね、紗良さん」
「私も言わなかった。それに食べられないわけじゃない」
「…紗良さんは優しいね。でもそのせいで嫌なことを我慢させたのかと思うと、すっごく…嫌…」
「隼人くん」
「ねえ、また俺とどっか行ってくれる?」
「うん」
「…本当?無理してない?」
「してない」

長くて急な坂道が私達の通学路だ。今日はその中腹で隼人くんが立ち止まる。日が落ちて真っ暗になっていた。街灯の光では彼の気持ちは照らされない。

「今日はまっすぐ帰るね。大丈夫?一人で帰れる?」
「当たり前」
「そう…。じゃあ、バイバイ」










図書室に春から入れる本の選別は、学校にいる司書教諭と委員で協力して選ぶ。
だいたいこれを選ぶってのは決まっているが、幾つかは委員の好みも通る。

最近翻訳版がでた海外の分厚い文学小説を希望として先生に伝える。それから…

「(これ、隼人くんが読みたいって言ってたっけ…)」

私が普段読まないタイプの本も、希望しておく。

…最近隼人くんからメールがない。話しかけたら答えてくれるが、前ほど賑やかに話すことはなくなった。
いずれそういう日が来ると思っていたから、意外に早かったなという感想を抱くくらいで、それ以上でも以下でもない…ないのだ。

席が隣になった頃は、図書委員が終わると隼人くんが毎日迎えに来ていた。窓から顔を出して、早くと私を急かすのだ。

帰り道は途中にあるコンビニやドーナツ屋、ソフトクリーム屋などで食べ物を買って、近場の公園のベンチでそれを食べた。小高い丘の上にあるその公園からは、市内が一望できた。
別段何をするわけでもなく、夕焼けが住宅地を染めるのをじっと眺めた。この時ばかりは隼人くんも静かで、太陽が完全に姿を隠すのをただ見送るのだ。
すっかり夜の闇に溶けた住宅地を歩いて、暗くて危ないからと隼人くんは私の家まで送ってくれる。

正直参る。
彼のような人間はいつもいたずらに私と関わっては、爪痕を残して去って行くから。

意味もなく窓に視線をやる。
誰も居ないのを確認して、読みかけの本に視線を戻した。どこまで読んでいただろう。何ページか遡って、やっと覚えのある文に辿り着いた。読んでいる気になって進んでいたが、どうも上の空だったらしい。

「紗良、さん?」ウェーイ!
「!」

急に名前を呼ばれて振り向くと、図書室のドアから隼人くんが顔を覗かせていた。
ちゃきちゃき私の方まで歩いて来て、空いている隣の椅子に腰をかけた。

「今日は俺も!受付、する」
「いいけれど」
「放課後、一緒なの久しぶりじゃん?元気にしてたー?」
「うん」
「そー?俺はねぇ…寂しかった」

図書室は広い割に人は疎らで、受付の会話もきっと他の生徒には届いていない。
隼人くんは机に突っ伏して、私の顔を見た。

「ごめんね」
「何の話?」
「いきなり来なくなって」
「…」
「紗良さんに迷惑かけてるんじゃないかって思うと…なんか、来れなかった」
「そんなことない」
「そういつも紗良さんは言うけどさ、ケーキだって俺が無理矢理食べさせちゃってた、し?」
「…それは」
「いーの。俺がちゃんと紗良さんのことを見れてなかったから。…舞い上がっちゃってて…馬鹿だよな」

隼人くんが机に顔をうずめた。
また調子の良い言葉を私にくれる。けれど、そんな言葉がそれこそ舞い上がるくらい私を揺さぶるから始末が悪い。

「だからできるだけ会わないようにしよーって思ってたんだけど…会いたくて」
「…私に?」
「そう、紗良さんに、会いたかったから…来ちゃった。迷惑じゃなかった?」
「もちろん。迷惑なわけない。私も今会いたいと思ってた」
「…まじ?」

隼人くんが目を丸くする。

「今日さ、一緒に帰ろう」
「うん」
「…ありがと。そう言ってくれるんじゃないかって、思ってた」







私達の正面から太陽の光が当たって、坂の下り方面に影がすぅっと伸びる。こうして二つ影が並ぶのは何日かぶりだ。

「…んー…紗良さん、今からさ、俺の家来ない?」
「どうして?」
「いーから!おいでよ」
「うん」

まだ沈み切っていない太陽に向かって、隼人くんに腕を引かれて走り出した。
大きな夕陽にはっきりと映し出される、逆光で暗くなった隼人くんの輪郭を眺めた。







「お邪魔します」
「ただいまー!…あれ、誰も居ない?……ぁー弟も妹も遊びに行ってんのかなー。せっかく兄ちゃんが女の子連れてきたのに!」

隼人くんの家はうちからそう遠くない場所にあった。
両親は共働きで帰りが遅いから、隼人くんが二人の兄弟の面倒を見ていると声高に言っていたっけ。彼が中学の頃は兄弟二人とも小学生で、そのため部活もできなかったとちょっと残念そうにしていたのが印象深い。

「メールしたのに。いや…気を利かせたってこと…かも?」
「隼人くん?」
「あー…っと、俺の部屋は二階!行こっか」


隼人くんの部屋はとても彼らしい部屋だった。ベッドの上や床にはぬいぐるみやクッションが投げ出されている。積み上げられた雑誌や漫画は雑だが、服だけはきちんと手入れをしているようだ。

「散らかってるでしょ?最初から呼ぶ気だったらちょっとは片付けたんだけどなぁー。これ、お茶」
「ありがとう」
「…俺がなんで紗良さんを部屋に呼んだか、わかる?」
「?」
「ふふふ、これを見よ!」

隼人くんが本棚を指差す。そこには私の好きだと言った本が軒並み並んでいた。

「たくさんあるね。どうしたの?」
「なんと!全部読んだんだよね〜」
「…これを、隼人くんが?」
「あ、今ちょっと馬鹿にした?俺だって本くらい…読むし?」
「…」
「まぁ、半分は父さんの書斎にあったんだ。若い頃読んでたんだって、それ貰って読んだの。後はテキトーに集めたわけ」
「言ってくれたら貸したのに」
「うん…、けど、ちゃんとゆっくり読みたかったから。難しい話も多くて一冊一冊時間かかったんだよねぇ…」
「えらいね」
「ん?そう?もっと褒めてくんない?」
「えらいえらい」
「んふふ…最初はさ、よくわかんないなって事が多かったけど、読んでいくうちに読み方がわかってきたって言うか…これとか、これとか面白かった」
「そういうのが好きなら…アレやアアイウノも好きかも」
「ふむふむ」メモメモ
「けれど、あんまり本得意じゃないって言ってたのに。どうして読もうと思ったの?」
「えー?そりゃー…さぁ……」

隼人くんが部屋の真ん中のテーブルに肘をついた。手のひらで顔をちょっと隠す。

「俺の好きなところばっかり行って貰ったじゃん?だから紗良さんの好きなものの話…したくて」
「…」
「お、俺、変なこと言った?」
「ううん。とっても嬉しい」
「そ、そう?」

隼人くんが何が言葉を言いかけて、飲み込む。彼にしては珍しく言葉に詰まっているようだ。

「あの、さ…紗良さんって…俺の事どう思ってる?」
「…どうって?」

[ 2/6 ]



しおりを挟む しおり一覧
back

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -