本と蜂蜜 | ナノ






「紗良さん、何してんのー?」
「……本を読んでる」
「へぇー?」

放課後の図書室でいつもの通り本を読んでいると、茶髪の男が話しかけてきた。
同じクラスの人間だが話したことはないはず。けれど彼は人懐っこそうな笑顔で、私の本をジロジロと見た。

『おい隼人、置いてくぞー』

「あー!待てだし!じゃあ紗良さん、またね」

ニコッと笑って、隼人…くんが友達を追いかける。
暫くその後ろ姿を眺めて、とりあえず本に視線を戻した。




◆本と蜂蜜



「あ!紗良さん。おはよーっ!」
「おはよう。隼人くん?」
「今日席替えじゃん?俺あんまり紗良さんと絡んだことないからさぁ、隣になれっといーね?」

教室までの廊下で、隼人くんはわざわざ私を追いかけて声をかけてきた。
馴れ馴れしい態度に戸惑うが、そんなこと気がつかないらしくマシンガントークだ。

「てゆうか、西ッチョも酷いよね!俺ばっかに仕事押し付けてさ!」
「席替えのくじ引きを作るのやつ?」
「そうそう!昨日は徹夜だったしー」

隼人くんはクラス委員長だ。誰も立候補しなかったので、担任の西之園先生が半ば無理やり彼に決めた。
隼人くんはクラスの中心人物だからか、なかなか円滑に仕事をこなしているようだ。

今一度ちゃんと彼を見た。
はだけたカッターシャツ、掌を隠す長さのカーディガン。カバンにはネズミとアヒルのマスコット。ポケットに引っかかってるピンクのウォークマン。
身体的特徴を述べるならば痩せ型で、身長は平均より少し低い。愛嬌のあるタレ目が印象的だ。ちょっと長くなった茶髪をよく鬱陶しそうにかきあげている。今日、その指にはマニキュアが塗られている。これはクラスのギャルに塗ってもらっていたものだ。なんでも隔たりなく接する人なのだと、爪に光るラメを遠くから見ながら思ったものだった。

「ん?俺の顔になんかついてる?」
「なんでもない」
「そお?んー、そうだ紗良さん。くじ引き作るの手伝ってくんない?」
「私が?いいけど」
「やった!後は番号書くだけなんだよねぇ」

本気で嬉しいのだろう。
多少オーバーとも取れるリアクションも、彼がやるととても純粋なものに見える。悩みがなくて幸せそうだとクラスメイトは揶揄するが、私も全くそうだと思っていた。ただ私の場合は、悪い意味ではなくて良い意味でだ。

私は昔から落ち着いた子だと言われて育った。つまり隼人くんとは180度タイプが違う。

「(何で私に話しかけるのだろう)」
「みんな、おはよー!」ウェーイ









「手伝ってくれてありがと!助かったわぁー!」
「文字書いただけだから」
「そんなこと無いよ。紗良さんがいなきゃ終わらなかったからさ!」

放課後、奇しくも隼人くんと隣の席になった私は彼にやたらと話しかけられている。急に賑やかになった隣にいまいちついていけない。

「そうだ!今からさ、どっか行かない?せっかく隣の席になったんだし、親睦深めようよ…ね?」

『おいおい隼人、紗良が困ってんだろ?』

急に隼人くんの親友が割って入って来た。彼は別のクラスだが、うちの近所に住んでいるのもあって私とも顔見知りだ。

「えぇ?紗良さん、迷惑だった?」
「そんなことない。ただ、私図書委員だから」
「委員会って、何時まで?」
「五時半」
「じゃあ!行こうよ。俺、美味しいパンケーキの店知ってるからさぁ」
「それなら、うん」
「よっしゃ!約束だかんね!」

嵐のように去って行った隼人くん達を呆然と眺める。迎えに行くから、と私に付け加えて、彼らは弱小サッカー部の冷やかしに行くそうだ。



「ほらここ。君は来たことある?」
「初めて」
「そ?じゃあびっくりするかもね!」

駅前から少し歩いて入り組んだ路地に入る。連れて来られたのは小さくも可愛らしいカフェだった。
隼人くんは普段から来ているらしく、店員に軽く挨拶して奥の席に座った。

「これ!俺のオススメ!」
「ハチミツクリームパンケーキ?」
「そう、ちょっと変わった蜂蜜使ってて、とにかく花の香りが強いんだ。もう真面目にうまいから!」
「じゃあそれにする」
「よっし!オネーサン、ちゅーもんお願いしまっす!」




「…で、紗良さんは普段どんな事してんの?」
「本読んだり映画見たり」
「へぇ?映画なら俺も見るよ!何の映画が好きなの?」
「んー…有名なやつだとショーシャンクとか」
「しょーしゃ…何?」
「ショーシャンク」
「ショーシャンク!強そう!」
「…」
「あぁ〜紗良さん、今俺のこと馬鹿だと思ったでしょ?」
「…思ってない」
「もー!無理しなくていいよ?よく言われるから!……ね、俺、ショーシャンク見たいなぁ」
「DVD貸そうか?」
「持ってんの?…っと、そうじゃなくて、一緒に見たいの。わかるでしょ?」
「一緒に?何と?」
「そんなの、紗良さんとに決まってるじゃん」
「私と」
「ねえ、一緒に見ようよ。紗良さんが好きな映画だから、きっと可愛い話かなって」
「…妻を殺した疑いで男が刑務所に入る話だけど」
「うーん!頑張る!」
「見るって言っても、どこで」
「えーと…紗良さんの家かぁ、俺の家?」
「…」
「あ、大丈夫!俺ん家兄弟が誰かしら家にいるから、その…何もしないから!」
「何もって何?」
「あー…っと、なんでもない…!」

パンケーキがテーブルに運ばれる。
アイスと、クリームと、ハチミツと…たっぷりトッピングがかかった煌びやかなケーキ。

「「いただきます」」

砂糖の甘みが強く口の中に広がった。まるで目の前の男のように…甘い。

「ほら美味いでしょー?」
「うん」
「本当?よかった!」ウェーイ!






『え、お前らマジでデートしたの?』

話し込んでいる私と隼人くんにまたもや声をかけてきた親友くんに目を向けた。柔道部は良いのかと隼人くんは批判的な眼差しを向けるが、彼はそんなこと取るに足らないらしい。野次馬根性にその身を任せて、私達の関係に興味があるようだ。

「デート…そっか、デート!紗良さん俺達デートしちゃっただね!」
「デート?」
「あぁ…紗良さん的には違ったみたい!」

『紗良ー、こいつうざいでしょ?嫌な時は嫌って言うんだぞ?』

「うん。大丈夫」
「それどういう意味だよ?ひっどいなぁ。いいか、俺達はもう何回もデートをしてるわけ。お前の入る隙はないってくらいラブラブ…のはず…なんだかんね!」

『へぇ?パンケーキにパフェにドーナツにチョコクロワッサンかぁ…くくっ意外だなぁ。よく紗良がお前に付き合ってくれたな』

「へ?なんで?」

『だって紗良、甘いもの苦手だろ?』

「へ…そうなの?」
「うん。わりと」
「え、ええ、え〜……!じゃああれ全部我慢して食べてた…わけ?」
「そんなことない」

『あはは、嘘つくなよ。紗良と俺はおんなじ地区出身でさぁ。小学校の時の紗良は自治会パーティのケーキさえ食べられなかったぜ。甘すぎて気持ち悪くなるって』

「…まぁじで…!?」
「今はもう食べられる」
「確かに俺、紗良さんの行きたいところとか、好きなものとか、聞かなかった…かも」

『おやおやおや?』



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