Solitudes. | ナノ


▼ 愛しい子らの、なんと靭いことか

★この作品は、以下の創作者さま・お子さまがたの協力により、書かれています。
Kiyu(ジャッカル・陰月・スモーキークォーツ)
青田田楽(アマリ)
rain(緋音・琥珀・ルーナ)
camel(アマリリス・たこりんご) (敬称略)



その日の空は、確かに変な色をしていた。赤黒く澱んだ空の下、すやすやと眠る兄の腕の中に甘んじておさまりながら、そう思っていた。ただ、それもいずれは開けるものであると、当然のように信じていた。ものすごい音を立てて墜落してくる彗星を見るまでは。

「ちょ、兄貴、寝てる場合じゃない!どいて!」
「ふにゃ…愛しの弟よ…」
「今の音!聞こえなかったのかよ!?」
「兄ちゃんにはジャッカルの呼吸の音しか聞こえなかったけど」
「そんなわけないだろ、だってあそこに!穴が!」

ジャッカルは窓の外を指さした。その先には、煙をもうもうと上げる大きな穴が見て取れた。

「言われてみれば…」
「なのに!兄貴ときたら!」

不意に、兄の真剣な眼差しに触れ、ジャッカルは口をつぐんだ。自分らしくなかった。

「…お前には聞こえたんだよな。ジャッカルの言うことが嘘であるわけがないんだから」
「…!俺にしか、聞こえなかった?」
「いつも遊びに来る奴がいるんだろ、ジャッカル」

言葉を聞いたとたんに、ジャッカルは扉の外へと走りだした。当然のように、陰月もそれを追う。

「俺には見えねえけど、ジャッカル!」
「大丈夫!」

果たして彼らの推測は正しく、穴の端で激しく咳き込む精霊の姿が、ジャッカルの双眸に映り込む。

「春さん!?どうして!?」
「…ご、ごめんなさい、まもれなくて、」
「何を?」
「あの、獣が、……どうしよう、」

泣きながら、何度もごほごほとむせ込む口からは、夥しい量の花びらが噴き出していた。桜に躑躅、蒲公英の綿毛、春を代表する花々を掬い、ジャッカルは途方にくれたように、兄を見つめた。

「どこからともなく花が出てきた、ってことしかわからない。…けど、なんだって?なんて言ってる?」
「獣が、って。なんのことかわかんないよ、兄さん」
「……昔、絵本で読んだことがある。四季に宿る精霊が、世界を砕こうとする獣から、この世を守っているんだ、と」
「!」
「ジャッカル、そこにいるの、春、って呼んだな」
「!!」
「なあ、その獣って、本当に精霊だけの手で事足りるものなのか?」

春は激しく首を横に振る。

「本当は、私たちが、戦わなければならないのに、もう…鹿の王も、あおいちゃんも、酷く傷ついて…治すのが間に合わないの、戻らなきゃ」
「待って!春さんだって怪我してる!…もどるなら、俺たちも連れていって」
「愛してるよ、ジャッカル。当然俺も一緒に行く」
「守られてばっかりなんて、性に合わない」

春はジャッカルの手に触れて、泣き顔のまま、頷いた。

「愛しいひとの子ら、どうかこの世を、助けて」



***

「琥珀!あそこ、見て。まるで戦っているみたいよ!」
「本当だ。…緋音」
「もちろん、行くわよ!」

任務が終わって家に着いたばかり、体は疲れきっているものの、愛しい相手の声には一も二もなく首肯した。何かあれば積極的に飛び込んでいく彼女のことが好きなのだ。それが心配で、小言を繰り返した日も確かにあったけれど、それはそれ。自分が一緒に行けば、守ってやれる。いや、守りぬく。
広い荒野は、人間も、動物すら近づかない秘境として知られていた。閃光から遠く離れたところに、打ち捨てられた魚のようにぐったりとしている、青髪の人魚めいた生き物を見つけた緋音は、琥珀が止めるまもなく、怖がりもせずに駆け寄った。

「あなたどうしたの」
「‥」
「ちょっと、何か返事をしたら」
「…彼らは、無事、で、いるか、」
「…彼ら?」

傷だらけの両腕でなんとか体を起こした彼は、血の代わりに星屑を流していた。琥珀には細かいガラスの粉のように見えたものの、緋音の瞳には星が映っているから、星ということにしておく。

「…俺が回復させられる傷だろうか」
「やってみなくちゃわからないじゃない」
「…」
「すまない、愛しい人の子。随分と体が楽になった」
「変な言い方をするのね、あなた」
「…その言い方。お前は人間ではないだろうな」
「…俺は夏。察しのとおり、人間ではないよ」
「何があったのか、教えてくれる?」

夏は語る。
そらを泳ぐ獣に目を付けられたこの世を失いたくない、だから戦っているのだと。

「あの光は、獣のものだ。全てを焼き尽くす、焔だ」
「まあ…」
「いずれ、恩を返そう。そのためにも、失うわけには…」
「…水臭いわね」
「今更ひとりで行こうというのか」
「もちろん、私たちも一緒に行くわ!」
「当然のように俺を頭数に数えるお前が好きだよ……」

夏は目を見張る。しかし、彼女らの心に迷いの欠片もないことを見て取れば、おとなしく頭を垂れた。

「巻き込んで済まない。俺たちだけで完結できないこの、弱さを、許してくれるだろうか」



***

「鹿の王が呼んでいる」
「君にも聞こえているようだね」
「ああ。あなたと共に、答えようとも」
「頼もしいね。このローズクォーツ、薔薇の弓射て闇を晴らそう」
「ふふ。インカローズ、この星々を味方にいざ往こう」

二人の姿が月を背に影となり煌めいた。ひとりは月光にスカートをなびかせ、もうひとりはコートの裾をなびかせた。ロングブーツの踵を鳴らし、荒く息を付く秋の下に、膝をついた。
白銀の角で天を衝き、両腕を広げて一点を見据える、その視線の先には、ひとりの男が立っていた。楽しそうでもなく、悲しそうでもなく、ただ、ただ無表情に、ごうごうと音を立てて燃える炎を背負っている。言葉を紡ぐ余裕もないようだ、と判断するやいなや、二人は両方向へ跳ねた。

普段であれば想いを射る弓を、無造作に空に投げ上げる。

「いいよ。射て、魔弓。愛とは何も甘いものばかりではないね。その縛鎖もまた愛というのさ」

放たれた細い鎖は炎をものともせず、彼の体を締めつけ―――爆ぜた。

霧散する。
跡形もなく。

秋が口元を引き上げる。
項に伝う夜露がぽたりと地面に落ちる。
熱い。なんて熱さ。元が石でなかったならば、一瞬で蒸発してしまったのではないかと思うほどの、熱さ。

「ふは。だめか、お前たちの想いも届かないというのか!獣め、最早僕らの力ではどうにもなるまい。愛しい命、愛しい子、ああ、彼らが紡ぎ上げ織り成した、世に唯ひとつの生き様が!僕らの手が届かないばかりに!ここで容易く潰えるというのか!」

ごう、と竜巻が音を立てる。秋が呼び醒ました台風が、焔を吹き消さんとばかりに暴れ狂うが、焼け石に水だった。

「僕たち大自然は、この世を生きる全てにとっての脅威となり得ただろう。けれど、愛しい僕らの宝石よ。僕たちには欠落しているものがある。なんだと思う?」
「…」
「…」

答えに詰まる二人の前で、王は再び前を向き、微笑んだ。

「僕たちが主体であるという意識だよ。僕たちは常に代弁者で有り続けた。そして、今、この瞬間ですら、僕たちが恐れているのは、この世が失われることであり、僕たちが失われることではないんだ。…だから、あの獣に、僕たちでは敵わない。自己を持つ、僕らの愛しい子でなければ、指一本触れられないだろう。…そして、僕らは、愛しい子らをこの地獄に突き落とす勇気なんて、持ってはいないんだ。…この世が潰えるというのに。僕は、どうしても―――」

「甘ったれたこと、言わないで」

凛と澄んだ声が響いた。
この暑い中、汗ひとつかかないまま、秋のすぐ隣まで近づいた聖女は、軽く首を振った。
長い髪がさらさらと流れる。

「"神様"。ひとりで終わりを許容するというのなら、それはまさしくあなたのエゴよ。その終わりは、あなた一人が背負ってくれるの?違うでしょう、それは私たちの終わりでしょう?…諦めてるんじゃないわよ。戦わせるのが地獄だといったけれど、それはあなたが決めることではない。戦う私たちが決めること。ねえ、シロ」
「そう。私はこの人に殺される以外の終焉を受け入れるつもりはない。死んでもナナに会えない地獄より、戦う地獄を私は選ぶわ」
「相変わらずね」
「一旦戦いはお預け。…この戦いが終わったら、」

私を救って。あなたの任務通りにね。
貴女を殺すわ。私の任務通りにね。

病的に白い吸血鬼は、聖女の言葉を聞いてやっと安心したように、戦禍へと飛び込んでゆく。複雑そうな表情を浮かべた聖女は、目元を引き締め、跳ねた。瞬く間に彼女のもとへ追いつき、獣に襲いかかる。

「…」

呆けたようにふたりを見つめる秋の背で、2輪の薔薇がくすくすと笑った。

「彼らはとても強いのですよ」
「だからこそ僕らは、代弁者で在ることができる」



***

「……」
「おきたー?」
「君は…」

頬にぺたりとくっつく吸盤に、冬は思わず笑いだした。
これほど絶望的な状況なのに、この子は変わらず笑っている。

「くすぐったいよ。たしか君はたこりんご、といったね」
「うん、そう!たこりんご。…げんきだしてー」
「……そうだね。…どれほど時間が経っただろう」

閃光は未だ上がっている。冬が吹っ飛ばされてしまってからはずっと秋があの場所を守っているのだろう。早く戻らねば、秋も、もう限界だろう。

「…ローズクォーツとインカローズの声がしたから、来てみたんだが…手を貸すぞ」
「スモーキークォーツ。いいのかい」
「いいもなにも。‥お前たち、本当は戦うの、下手だろう」
「ばれたかな」

くすくす、と笑う冬の腕の中で、たこりんごもくすくすと笑う。

「…時間がないなら早く行こう」
「待ちなさい、私も行くわ」

さくり、さくり、冬がその場に降らせた雪を踏みしめて、少女が此方にやってきた。
まるでどこかの令嬢であるかのような雰囲気をまとわせている。彼女の心の中に、彼女の想い人の姿と絶望を見つけて、冬は息を呑む。その絶望は、昔、冬の統べる星を殺した春が心に飼っていたそれと、よく似ていた。

「…君も来てくれるのか」
「ええ。‥だって、まだ、復讐が済んでいない。…終わってもらっては困るのよ、そんな生ぬるく終わるだなんて、許さない」

冬は何を言うこともできないままだ。善悪、正誤、それは各々によって違うものだと充分知っているからだ。相手の言葉を受け止めるのに、レッテルはいらない。

「心強いよ。…じゃあ、行こう。あの場所は随分と恐ろしい場所だ。どうか、気をつけてくれ」
「何言ってるんだ」
「何を言っているのよ」

笑いながら、二人は答えた。

「君が守ってくれるんだろう」
「あなた、私たちを守ることができるでしょうに」



***

春風とともにやってきたのは、人間の兄弟だった。
夏と歩いてきたのは、能力者の二人だった。
秋のもとに集った二人の吸血鬼と宝石の騎士は、焔の獣に対峙していた。
そして、冬が雪風にのせて連れてきたのが、少女と青年。そしてひとつの果実。

「鹿の王!私の愛しいひとたちが…」
「皇帝。俺を救ってくれた愛しい子らだ。…助けてくれる、と」
「君たちも…僕もだ、彼らが手を貸してくれるとのこと」

皇帝の姿が、みるみるうちに小さな姫君の姿へ変わってゆく。

「たすけてください、私、この世界が、愛しいよ」

ぽろりと溢れた清流の雫。

「最初からそういえばいいのに」

微笑んだのは、アマリ。

「私はこんな世界、早く飛び出したいけれど」

眉根を寄せたのは、シロ。

「春さんと同じこと言ってる」
「そこに誰かいるんだろうな」

兄弟は顔を見合わせて笑いあった。

「当然、助けるわよね」
「ああ、緋音の居る世界だからね」
「あら、緋音!琥珀も」
「ルーナ!ルーナもいたのね!」
「まるで任務をこなす時みたいだな」
「…仇討ち、まだ終わってないもの」

同期の三人が、各々に獣へと向き合う。

「大切な仲間を失いたくない心には共感できるよ」
「スモーキークォーツ、声を聞いてくれたんだね」
「貴方が居れば私たちは百人力です」

スモーキークォーツのもとに駆け寄る薔薇騎士らを眺めるたこりんごは、冬の横顔を見て、タコ足をうにょりと動かした。

「たこりんご、どうしよう?」
「君は僕と一緒にいてくれる?」
「いいよー」

炎を纏う獣―Beastは、青年の形を崩した。
獣になった。黒き獣。星を滅ぼす、災禍。

「あれ、俺らの家から見えるマンションぐらいあるよな」
「兄さん見えるの!?」
「あれは見える、でも他は見えない。…でも、あれだろ、戦うべきは」
「…うん、そうだね」

四方向に分かれて一気に畳み掛ける、と、冬が号令をかけた。

「行くわよ!琥珀!ルーナ!」
「任せて、緋音!」

緋音の手のひらから猛烈な炎が噴き出した。獣の毛をちりちりと焦がす程度であるものの、その一瞬、獣の気をひくことさえできれば十分だった。

「琥珀、ルーナ!」
「任せろ」
「ふふ」

精神攻撃、とよばれる類の魔法は、四季には持ち得ない新たな概念だった。四季と同様、獣にとっても、初めて受ける攻撃であり、無論防ぎようもない。加えて二人からの同時攻撃だ。獣の咆哮が止まったのも必然だろう。

「春さん!兄貴!」
「任せろ!」

兄弟が春の喚んだ花吹雪に乗り、獣の上に飛び移った。獣の両角にすっぽりと服を被せる。春の入れ知恵だった。

(私たちは、この角や耳で世界を識るの。だから、あれさえ動かせなくなってしまえば、きっと…)

驚いた獣は、頭をぶんぶんと振り回し、暴れ倒す。足元の能力者達を抱きしめて飛んだのは、龍の姿に形を変えた春だった。役目を終えた兄弟を背に載せて、代わりにルーナを頭に載せた。
角を隠してしまったのは、目隠しのため。でも、それでは足りない。

「これね、ええ、任せて」

角の付け根にぐさりとナイフを突き刺して、ルーナはにこりと笑った。

「琥珀よりも私のほうが得意だもの」
「ああ、そうだな。俺の方が回復は得意だ」
「ありがとう…」

縦横無尽に戦い、たしかに獣の足を傷つけて進みを阻む、アマリの負ったやけどを癒して返しながら、琥珀も目を細めてみせる。その後ろで、緋音はめいっぱいの炎で獣の焔を押し返している。目には目を、歯には歯を。
この荒地を越えてしまえば、市街地がある。そこに炎の壁を到達させるわけにはいかない。
緋音のとなりでは夏が洪水じみた水流で壁を作り、やはり火事を拒んでいた。

「あなた、戦うよりもこっちのほうが向いてるでしょう」

歌うような言葉に夏は一瞬目を丸くし、それから微笑んだ。

「そうだね。俺もそう思う」

荒地には、植物がない。それが、秋が充分戦うことのできない理由だった。
しかし、先ほど突然び現れた無言の少女といったらどうだ!自分の体から蔓を生み出し、数多の花を咲かせてみせるではないか!

「アマリリス、あなたの力を貸してくれる?」

こくり、と頷いた彼女の仕草を肯定と捉えて、秋は嬉しそうに両腕を広げた。

「咲き誇れ、命!萌えよ育て健やかに!」

アマリリスの生み出した植物が瞬く間に秋の力を吸い込んでぐんぐんと成長してゆく。蔦は獣の体に絡みつく。その蔦を燃やそうと迫る炎は、冬が華麗に凍らせてしまった。その隙に、とローズクォーツが鎖を放つ。今度はしっかり、巻き付いた。離れない。

「スモーキークォーツ!インカローズ!」
「任せろ」
「任せて」

ローズクォーツが吠える。二人は全く同じタイミングで、暴れる獣の元へと駈けた。肩で息をつくアマリを抱き上げたのは、インカローズ。スモーキークォーツは、蔦と鎖の上を伝って、獣の角のもとへ。ルーナが散々根元を刺して傷つけた角を、その足で蹴り、ばきりと折った。

焔がかき消える。
ふらりと倒れかけた緋音を琥珀が抱きとめた。

「緋音!」
「頑張ったでしょ、ほら、市街地無傷!」
「そうじゃないだろ…!」
「ふふ!」

動きを止めた獣の瞳は、未だ赤黒く濁っている。今日の空と同じ色をしていた。
冬はそっと獣に歩み寄る。
ふーふーと荒々しい呼吸を繰り返すその口元に、たこりんごを添えた。

「…君、…」
「たべられてくるー!いってきまーす」
「……いいのかい」

思わず固まった冬をよそに、たこりんごは獣の口の中に消えてゆく。

そして。

「げほ、…っ!」

獣がむせた。
途端に、獣は青年の姿へと変化してゆく。
四季が対峙していた時のような、あの禍々しさはどこにもない。
彼は、片方の角が折れたまま、ぼんやりと空を眺めていた。
遠く広がる夜空には、星が瞬く。

いつもの空だった。


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