一次試験

ナンバープレートを身につけて、トンパという豚さんみたいな男性に話しかけられて、ヒソカという要注意人物の存在を知る。

気のせいか少しだけ目が合ってしまったような気がしなくもないけれど、とりあえず今は無事である。

わたしはこっそり魔法で厄除けの神に加護を願った。


「ナナミのそれはどういう意味なのだ?」

どうやらクラピカに聴こえてしまったらしい。

「神様にお願いして力を分けてもらったんだ。今のは厄除けの神様に、ヒソカとの接触がないよう加護を願ったの」

「信仰心が高いのだな」

「まぁね。そんなところ」

説明しても信じてもらえるか分からないし、じっくり話せる時でもないので魔法については黙っておく。

そもそもこれは普通にこの世界にありふれている魔法の類いなのか、転生チートによるわたしだけの特異能力なのか、本当のところは分からないしね。








ジリリリと大きな音を立てて登場したジェントルマンことサトツさんの競歩にて始まった一次試験は、競歩のように見えて一般人には本気のマラソン大会だった。

わたしの気分的には小走りだが、周りは必死な様相で。
やっぱり転生チートは身体能力の方かなとぼんやり考える。

隠蔽の神様の加護に身をつつみ、周りの様子をこっそり窺いながら走り回っていると、チラホラと何人かの余裕がありそうな人を見つけた。

顔じゅうに針を刺した男だったり、スキンヘッドの忍者姿の男だったり、ピエロなヒソカだったり……それはそれは特徴的な人ばかりだった。近づきたくない。



隠蔽の神への加護を打ち切って、レオリオ達のところに戻る。

すると一人の銀髪少年が、ゴンと楽しそうに話し込んでいた。
ゴンと同じ十二歳で、名前をキルアと言うらしい。


「ナナミは何歳?」

「わたし? たぶん十八歳くらいだよ」

「たぶんって何だよ」

「孤児だったから誕生日が分からないんだ」

「ふーん……オッサンは?」

「オッサンってオメー、俺だってお前らと同じ十代だぞ?!」

「「えっ!!?」」

「あっ、ひでーな。ゴンまで!! ナナミは俺が十代だって分かってたよな?!」

「あ、うん。歳が近いだろーなと思ってはいたよ?(見えないけど)」

「ほーらみろ。ガキは見る目ねぇなぁ!」


そんなこんなで知ったレオリオの年齢が十九歳、クラピカは十七歳とのことだった。
わたしも十八歳くらいなはずなので、この三人は歳が近いということだ。
また少し親近感がわいて嬉しくなった。







やがてゴンとキルアが前の方に走って行き、半裸のレオリオと、上着を脱いだクラピカの三人で並んで走る。

しばらくするとクラピカは思い詰めたようにレオリオを問い詰めて。
そのまま話を聞いていると、レオリオの志望動機が金儲け以外だったということが判明する。

何故、船で試験官に話さなかったのかは分からないが、金銭だけを目的にしていると言われるよりは納得できた。

だって魔獣キリコの扮する旦那さんを助けた時、レオリオはまるでお医者さんみたいに応急処置が素早かったのだ。





「緋の目……クルタ族が狙われた理由だ」

そう言って話し始めたクラピカの志望動機はひたすら復讐一色だった。


自由に生きることを前提に、どこまでも自分本位なわたしとは正反対……自己犠牲の道を歩もうとしている。


なんだか無性に悲しくなってしまう。
クルタ族で一人だけ生き残ってしまったクラピカは、自分の幸せなど考えられないのだろう。もしかしたら自分だけ好きに生きることを許せないのかもしれない。

これまでの付き合いで、クラピカが真面目で優しい人だと知っているだけに、それはとても惜しいというか、復讐という願いを叶えたとしても不幸になりそうで……胸が苦しくなった。








side クラピカ




「ナナミはどうしてハンターに?」

ずっと黙って私達の話を聞いてくれていたナナミに問いかける。
ナナミだけは船の上でも志望理由を聞きそびれていたのだ。


「わたしは、二人みたいな明確な理由はないの。大切な人を守るための力が欲しかったのがきっかけで、ハンターの資格はそのために必要な便利アイテムみたいに思ってる」

「そうなのか……」

「うん。ごめんね? 大した理由じゃなくて」

「いや、そんなことはないと思うぞ」

「そうだぜ〜、大切な人を守るためっつーんだって立派な志しじゃねーか」

「ふふっ。ありがと、二人とも。お互い合格目指して頑張ろうね!」

「だな! にしてもよぉ、この持久走はいつまで続くんだぁ?! 出口はまだかよー!」

「階段に差し掛かったってことは、もうすぐなんじゃない? 体感だけど、いま地下50階くらいだし? あと半分くらいだよ、きっと!」

「マジかよ。すげーなナナミは。よく分かるなこんな状況でよぉ」


レオリオとナナミが話しているのを聞きながら、私は何となく気になったことを繰り返し考えていた。


(そうか、ナナミには守りたい大切な人がいるのだな……大切な、仲間だろうか。身内、家族……は、孤児だったというから居ないのだろう。だとしたら友人か。もしくは恋人ということもあるかもしれないな)


ナナミはとても美しい人だと思う。
濡羽色の髪に、大きな金色の瞳を持ち、整った顔立ちをしている。

性格も温厚で優しく、人当たりも柔らかい。
いざという時の行動力は予想外の方向にずば抜けていると思うが、普段は冷静で落ち着いた、大人の魅力ある女性だ。
言うつもりはないが、もっと年上かと思っていた。

彼女なら恋人がいてもおかしくない。
そして彼女のような自立した人なら、相手の足枷になるようなことに忌避感があるのかもしれなかった。


正直、羨ましいと思う。

オレには守りたい大切な人がいない。

家族がいないことは同じでも、今こうしてオレが力を求めるのは全て復讐のためだ。

過去に囚われているオレと、未来を見据えて行動するナナミは、正反対だと言えるだろう。



だからだろうか。
胸の奥がズクリと締め付けられるように痛んだ。








出口が見え始めてしばらくし、ようやく地下から抜け出すことができたと思ったのも束の間。
出た先は詐欺師の(ねぐら)≠ニ呼ばれる湿原で、ジメジメとした空気は地下とあまり変わらなかった。
汗臭くないだけマシではあるが。

まだまだ走ることになると知り、靴や服が汚れること必須の条件下に暗澹としていると、不気味なオーラが近くから漂ってくる。

あまりにも不穏で不気味な気配だったので、思わず隠蔽の神へと再び祈ってしまった。

そうしてこっそりと見守っていると、その発生源はヒソカのようだった。

やはり危険人物というのは当たっていたようで、当たり前のように試験官と人面猿の両方に攻撃している。
いくら真偽を見極めるためとはいえ、殺すつもりで攻撃するとは……関わりたくない奇人である。




今度は前の方にいるゴンとキルアについていくようにして走る。

霧が濃くなってきたこともあり、隠蔽の加護を身に纏うわたしに二人は気付いていなかった。


「クラピカー! レオリオー! ナナミー! キルアが前の方に来た方がいいってー!!」

「どあほー! 行けるならとっくに行っとるわーい!」

「そこをなんとかーー!」

「無理だっちゅーーのー!」


などという会話が飛び交う。


(……ゴン、わたしならココにいるよ〜。笑)


なんとも気の抜けるやりとりだが、事態は切迫しているようだった。



殺気、と呼ばれるものが本当にあるとしたら、こんな気配なのかもしれない。
そう思わずにはいられない、妙な気配が背後から漂ってくるのだ。

おそらくキルアは、それからなるべく離れた方が良いという意味で話したのではないだろうか。



こういった不思議な気配に敏感になったことも、魔法が使えるようになったのと関係がある気がしてならない。

わたしはいつも神様にお願いをして加護をもらう時、体の中にある魔力のようなものを体外に向かって解き放たれるように力を込めて心から願うのだが……その魔力の流れのようなものと、こういう不思議な気配は酷似しているのだ。


(ハンターになったら、こういう謎なファンタジー現象についても詳しく調べられるかもしれないね……)


とにかくライセンス(ハンターの資格)が持つ力は色々と規格外に凄いらしいのである。








悪い予感ほど当たるというのはよくあることで、後方からレオリオの「痛ぇ!」という叫び声が聞こえた。

何かの生き物に騙されて怪我をしたか、殺気の発生源(おそらくヒソカ)に捕まって攻撃を受けたか……きっとそんなことではないだろうかと予想を立てながら、声を聴いて真っ先に駆け戻って行ったゴンの背中を追うようにして走る。



深い深い霧の中、ようやく見えてきた殺気の中心部。

そこには血まみれの受験生達が円形に並ぶようにして倒れており、息絶えているのかピクリとも動かずに横たわっていた。


わたしはその光景に思わずに立ち止まる。
そうして幾分か迷ったあと、多めに魔力を込めて治癒の神様に加護を願ったのだった。


キラキラと森林の色をした光の粒子が横たわった人々に降り注ぐ。

深かった傷口も塞がってはいくものの、流れた血液は戻らないだろう……

おまけにほとんどの者はすでに絶命していたようで、何名かの瀕死だった者だけが、回復したのかもぞもぞと動き出していた。

頑張って魔力を込めたわりに、あまり役に立たなかったことは確かだが、いくらかの命を救うことはできた。

それでも、今はまだ試験中で。
この湿原にいる限り、無事に帰れるとは思えなかった。

気休めだが、導きの神や助言の神にも祈っておこうか。

どうしようかと考えていると……



「へぇ……便利な能力だね

ねっとりとした声に顔をあげると、こちらをニタァと笑って見つめるピエロと目が合った。



ゾクリと悪寒が走る。

殺気を放つこの人も、同じ魔法使いかもしれなかった。


霧の晴れてきた周囲を見渡すと、少し離れた場所に、倒れたレオリオ、驚愕した様子のゴンとクラピカの姿がある。
二人はわたしを見つめながら、ポカンと口を開いていた。



そんな顔を見て膠着状態から解き放たれたわたしは、ひとまず三人に対して守護の神様の加護を願う。

そうして再び多めの魔力を込めながら、ヒソカに対しては冷静の神様の加護を願ったのだった。





「……うーん、残念◆ すっかり冷めてしまったよ。君のその力は凄いねぇ

「それはどうも」

「安心しなよ。彼らは合格だからね。もちろん君も合格さ。いいハンターになりな」


そう言うと、にこにこと笑いながらヒソカは一人で去って行った。




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