赤い実はじけた


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「私は……」
 フェルディナンドは暗い気持ちで己の所業を省みる。ただでさえ嫌がるマインに親子の縁を断ち切らせるよう仕向けた身だ。そうせざるを得ない理由を並べ立て、負担を強いるかわりに利を与え、納得させたところで彼女から家族を奪ったことには変わりない。
 貴族である自分に真っ向から歯向かってみせるほど強く思い合い、庇い合う家族を引き裂いた負い目は多少ある……だが、彼女の命を失うことだけはあってはならない。そのために交渉を重ねて勝ち取った。後悔は微塵もない。
 しかし、これから自分が行おうとしていることは……彼らが積み重ねてきた歴史を根底から覆し、細くとも繋がっている絆を切り刻む行為に等しい。
 全ては彼女の安全のために。弱みをなくし、少しでも負荷を減らすために。そう言い聞かせながら、裏では溝が出来ることを仄かに喜んでいる己……。
 彼女を孤立させることで傷ついて弱った心が傾き、助けを求めてくれるようになるのではないかと。信用していた者たちから騙されていた真実を知り、偽りだらけな身代わりの人生を知る。そうして寄る辺を失った彼女が、これまで以上に己を頼ることを期待しているのだ。
 彼女の感情を無視した、計算尽くの行動で庇護欲を満たす自分。醜い独占欲が我ながら気持ち悪い。万が一にも私が手を下したのだと知られたら……それまでに得ていた信頼も、彼女の心も、全てを失うことだろう。疑うことを知らない目も曇り、輝くような笑顔も陰り……憎しみに満ちた目を向けるのかもしれない。
(知りたくなかったと、恨まれるであろうな……)
 軽蔑されてもおかしくない……私はそれに耐えられるのだろうか。考えただけでも苦しいのに。
 それでも、そうするだけの価値があると断言できる。血筋、魔力、容姿、記憶、物的証拠。それら全てが本物≠ナあることを示している。波乱に満ちた信じ難い経緯でも、疑いようの無い事実だと認められるはずだ。仮に本物≠ナなかったとしても、辻褄を合わせて真実≠ノしてしまえば良いだけのこと。平民しか関わってない今なら容易いことだ。
 貴族の中で、本当のことを知るのは私だけになる――
「これもまた 時の女神のお導き、か……」
 フェルディナンドは覚悟を決めたように拳を握りしめて呟いた。父親である先代アウブ・エーレンフェストから賜った言葉は、今に至るもフェルディナンドの支えであり、戒めでもあった。
 しかし、これから彼女に与える地位にカルスデッドは何を思うだろうか。同じ立場にあるのに片方は領主候補で片方は上級貴族なのだ。普通に考えれば面白くはないだろう。そもそもヴェローニカが黙っていないだろうし、そうなればジルヴェスターも反対するはずだ。あとはボニファティウス様がどう捉えるかだが……兄妹間の事情や仲の良さを知らぬ身としては、判断材料が少なすぎて予測がつかない。そもそも、あの人は野生のカン頼りなところがあって、単純ではあるのに暴走すると行動が読めないのだ。
「カルステッドに探りを入れるか……」
 手にとった魔術具をもてあそびながら呟いた。ついでに此れの確証も得られるだろうと思案しながら魔石を繋げている鎖を眺める。特徴的な蔦を絡ませたようなこの鎖に、フェルディナンドは見覚えがあった。過去に一度だけエスコートのために手を取った女性の腕に、それと同じ細工のお守りがついていたのだ。あまりにも酷似していていて、模倣品でなければ本人か、それに近しい存在に関わる品であると察せられる。そして、見覚えのありすぎる紋章は……エーレンフェストの、歴代領主一族の家紋なのだった。聡いマインがそれに気が付かなかったことがむしろ不思議であった。神殿内のあちこちにも、装飾としての紋章はそれとなく見られるというのに……相変わらずマインの着眼点が分からない。
 魔石のお守り部分が作られた時期はかなり古い。きちんと機能はしているが、ずいぶん無骨な仕上がりで、高性能でも多機能なわけではない。マインには可能性としてあのように話したが、実用一辺倒の代物だった。まるで調合を覚えたばかりの学生が作ったような荒々しさ……それでも込められた魔力は桁外れに多い。それこそ力ずくで込めたのかと思うような変形まで見られる。そのような豪傑で、領主に近いほど魔力豊富な者に、フェルディナンドは一人しか心当たりがなかった。

2023/04/02



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