赤い実はじけた


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二章 縁組み先の相談 side F


◆夢から出たまこと

 トン、トン、トンと指先を作業台に打ちつけながら、フェルディナンドは寝る前に長いこと隠し部屋で考えこんでいた。
 普段の彼なら、それが最善の手段だと判ればすぐに実行に移る。重要な局面で決断に時間をかけていては、咄嗟の事態に迅速に対応できない。騎士団の指揮をとる者として必要な能力だった。それでなくても幼少期から命懸けの日々を送っていた彼は、迷うことは即ち死ぬ可能性を高めることを意味していた。
 しかし、今フェルディナンドは迷っていた。そうするべきであると判断する頭と、それをしては終わりだと糾弾する心がせめぎ合い、可能性の一つとして描ける最悪の状況に二の足を踏んでいる。ひどい裏切りだと詰られる予感に怯えておきながら、醜い感情はそれでも構わないと身勝手な望みを抱いて嘆くのだった。
 ふぅ、と深く溜め息をつく。手の平で視界を遮れば、夕刻のやり取りを容易に思い浮かべることができた。

   ◇  ◇  ◇

 取り上げた魔術具をひとしきり確認すると、フェルディナンドはそれをさりげなく作業台のほうに置いて彼女の視界から遠ざけた。
『とりあえずは害は無いようだな。見た目は普通のお守りだ。だが、夢から出てきたなどということはあるまい。おそらく何らかの魔術が関わっていると思われる。……先ほど君は夢の話を本にしたいという話だったが、やめておきなさい。詳しく調べてみないと分からぬが、もしこの魔術具が他人の記憶や夢に干渉するようなものだった場合…………マイン、君は夢にみた少女の両親について、どこかで名前を聞かなったか?』
『魔術ってそんなこともできるんですか! すごいですねぇ……えーっと、親の名前は出てこなかったと思います。ヒルデリータという側仕えは奥様≠ニしか言わないし、女の子はお母様≠チて呼んでて……今思えばちょっと不自然でしたね。受け渡したり託したりする時も敢えて名前を出さないようにしているみたいでした。暗号みたいに女の子が入ってる箱のことを家宝≠セとか例の荷物≠ニか呼んだり……そういうのって臨場感ありますよね!』
『はぁ……君は本当にのんきだな。母親や少女の特徴は? 髪の色や目の色、話し方や仕草を覚えてるか? 着ている衣服や装飾品、部屋の規模や調度品などの様子からでも、その者の階級や家のことなど随分わかるはずなのだが。君の場合は……聞くだけ無駄か?』
『むぅぅ、確かに階級とかはよく分かりませんが、容姿くらい覚えてますよ! 夢なので、本以外を探そうとしなかったことは確かですが……今回の夢はとくにハッキリしてたので登場人物はちゃんと覚えているのです!』
『夢に限らず、君はいつも本以外に興味などなかろう?』
『そんなことないですっ。美味しいものや、お菓子も大好きですからね! 本が一番なのは認めますが』
『わかった。いいから早く要点を話しなさい』
『そうですね……女の子の母親はいかにも優しい人って感じで、青っぽい髪を編んで丸めてて、薄い黄土色が光ってるみたいな金色の目でした。歳はうーん……五十歳くらい? あれ? でも、だとしたら出産は四十台ですよね。高齢出産だったのかな? 遅くにやっと生まれた子供とかだったら、そうとう可愛がっていたかもしれませんね。娘さんは藍色か紫黒っぽい髪で、目はたぶん母親と同じ金色で、いかにも儚げっていうか、将来ぜったい美人になるのこと請け合いな可愛い女の子でしたし。どうにか逃してやりたいと奮闘するのも納得です! それだけに結末が辛いですが……うぅ〜、泣けますよね』
『泣くな。みっともない』
『でも、何でそんなこと聞くんですか?』
『この首飾りが盗品かどうか、念のため調べてみるからだ。それから明日の予定だが……いや明日に限らず、しばらく土の日の茶会は中止とする。間もなく収穫祭の時期だからな。少しやることがあるのだ。せっかくなので君は家族との時間を大事にしなさい』
『えぇ〜……読書は?』
『読書よりも家族が大事なのであろう?』
『それはそうですけど……わたくしの貴重な読書時間が……うぅぅ』
『では課題を渡すので、それでも読んで過ごしなさい』
『はぁい……ほんとに神官長は効率主義ですねぇ』
『私の気遣いが不要なら取りやめるが?』
『嘘です! すみません! ありがたく読ませてもらいますぅぅ!』
『では行くぞ。そろそろルッツが迎えに来る時間だ……報告はフランから聞いておくので君は支度をしておきなさい』
『あっ、もうそんな時間ですか?!』
『フランも心配しているであろう。まったく人騒がせな……早く出なさい』
 そう言ってマインを部屋から連れ出して、孤児院への帰り道はザームを共につけさせた。その頃にはすっかりマインは浮かれていて、私が預かったままの物にも気が付いていないようだった。このまま何も言わなければ、簡単に忘れてしまうのだろう。私はその魔術具を見た衝撃から立ち直ると同時に、とんでもない可能性に気が付いてしまったというのに……マイン、君は本当に迂闊で、疑うことを知らないのだな。そこもまた彼女の魅力ではあるのだが、私は貴族らしくない姿を愛らしく感じて内心では複雑だった。

   ◇  ◇  ◇

2023/04/02



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