赤い実はじけた


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「生意気だな。教えてやろうか? そもそも洗礼前の子供は人ではない。お前がいくら貴族の血を引いていようが今は平民同然だ」
 その言い分にローゼマインがハッとなる。すると、シキコーザが我が意を得たりと嗜虐的にニィッと口元を歪ませたのが兜の隙間から見えた。今にも何かされそうな雰囲気だ。
「何を言ってるのですか、シキコーザ! 彼女は護衛対象です!」
 役目を終えるまで対象者の身分や育ちは関係ないとダームエルがシキコーザに訴え、その身を盾にローゼマインを守るように庇う。しかし、その言い分では護衛対象でなければ平民同然の子供などどうにでもして良い存在だと考えているようにも聞こえる。どちらにしても恐ろしいなとローゼマインは微かに震えた。身分がものを言う社会で生きる貴族の考えが、目の前にある命を軽く捉え、人を人とも思わぬ常識が……その世界で生きるため、その考えに染まっていかなければならない己の未来が恐ろしかった。
 そんななか、ダームエルの訴えは、なぜかシキコーザの怒りをかったようだった。
「黙れ、ダームエル! 身分を弁えろ! 俺に命令するな!」
 ぐっと歯を食いしばったダームエルが一歩横にずれる。開けた視界のなか、シキコーザが一歩ずつ近寄ってくる。ローゼマインからしたら背の高い、金属製の鎧に包まれた男が、悪意を持って近寄ってくるのである。それは恐怖以外の何物でもなかった。ローゼマインは震える足を叱咤する。声まで震えないようお腹に力を込めた。
「わたくしは、確かに事情があって平民のもとで育ちました。ですが、上級貴族に生まれた者としての誇りまで失ったわけではありませんわ」
 精いっぱいの虚勢であった。
 小さくても、立派に淑女としての役目を果たすのだと、母親に宣言していたあの子。自分は今、あの子としてここに立っているのだ。ティファローゼ様が必死に守ろうとした幼い娘。あの子なら、こんな場面でも負けずに貴族らしく振る舞うのではないだろうか――
「上級、貴族だと?」
 どうやら多少の効果はあったようで、躊躇いを滲ませた声でシキコーザが踏み止まって呟く。同時にダームエルが安堵したように吐息をこぼしていた。それを見てローゼマインは確信に近い思いを抱く。この二人は中級と下級の貴族なのだと。この中で身分としては一番高いかもしれないが、洗礼前で青色巫女見習いの自分と、中級貴族の出らしい成人前後と思われるシキコーザと……この場合どちらの立場が優勢なのだろうかと、ローゼマインはしばし悩んで沈黙した。
「フン、それがどうしたというのだ」
 先に復活したシキコーザが歩み寄り、彼の手によってローゼマインはドンと突き飛ばされて尻餅をつく。
「シキコーザ!」
 ダームエルが驚きの声を上げた。軽く押したか払っただけのつもりかもしれないが、相手は力のない幼女。思った以上に吹き飛んで転がったことに、シキコーザもやや驚いているようだった。
「こ、こいつが勝手に転がったんだ。無様なものだな」
 ローゼマインは彼の勝手な言い分に内心で憤る。お尻は痛いし、転がったせいで頭もぶつけ、衣装も汚れたに違いない。どう考えても小さな子供相手に騎士のすることじゃない。それでも、これ以上の乱暴がなさそうな気配であることに満足し、黙って引き下がるべきだろう。
「ローゼマイン様!」
 どうにか立ち上がろうと試みるローゼマインを助け起こそうとしたのだろう、フランが駆け寄ってくる。だが、それより前にローゼマインの体は黄色い陽炎のようなものに包まれていた。やがて風が巻き起こり、小さな葉っぱのような鎌のような形の光が竜巻で舞うようにシキコーザに向かって飛んでいく。
「なっ、何だ?!」
 シキコーザが向かってきた風塵から身を守るように構えて腕を払う。すると、鎧の上からでも分かるほど深く腕や肩が斬りつけられていくのが見えた。
 それらは瞬く間の出来事であった。斬りつけられた傷を押さえながら、地面に膝をつくと、シキコーザが憎々しげに唸る。
「平民が……貴族に刃向かうか……」
 ローゼマインは何が起こったのか、さっぱり理解できていなかった。

2023/04/03



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