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はじめまして


 豊かな自然に囲まれている割に都心に近いこの高校。最近校舎の建て替え工事が終了し、真っ白なコンクリートの壁は周りの緑と不釣り合いで違和感がある。

 高校名の書かれた真新しいプレートが埋め込まれた石の校門の前に、これまた真新しいスーツを慣れない様子で身に纏った人が立っていた。

 名前は佐倉海。
 薬品管理士としてこの高校に新規採用されたのである。

 しばらくプレートを見つめていた佐倉は、身だしなみを整えて校門をくぐった。




 職員朝会で自己紹介。先生方の視線が一身に集まっているのを感じ、余計緊張する。

 今年この高校に赴任した教職員は佐倉の他に4人いたが、新規で採用されたのは、佐倉と、絹川美咲という音楽教師の2人だけであった。

 朝会の後、事務の男性職員に薬品室へ案内された。
 それ程都心から離れていないためであろうか、この高校の薬品室はかなり広い。部屋一杯に置かれた巨大な棚には様々な容器に入れられた薬品が収納されている。佐倉は部屋を見渡し、感嘆から溜め息をもらした。

 男性職員は佐倉に着任式の大まかな日程を伝え、くれぐれも時間に遅れないようにと釘を差してから、部屋を出て行った。




 男性職員を見送ったあと、佐倉は、いわば自分の城となった薬品室を物色し始めた。
 大きな棚は全部で6つ。暗幕で光が入らない窓際に小さな棚が1つ。
入口を入ってすぐ、左側にある棚には、よく実験で使われるような比較的安全な薬品が収納されている。奥にいくほど危険な薬品が保存されているようである。

 一通り見て回り、暗幕窓の側にある、化学準備室につながるドアを開けようとしたとき、佐倉の耳にかすかな話声が聞こえた。驚いて振り向くが、そこにあるのは整然と並べられた棚と薬品の入った瓶等だけである。

 誰もいないはずなのだけれど、と首を傾げた佐倉を、化学準備室の教職員が呼んだ。
 一瞬、びくりとする。しかし、話し声は準備室の先生方のものだろうと、佐倉は薬品室を後にした。






 薬品室奥の棚の上から三段目。「Formaldehyde」と表記されたラベルが貼られた密封容器内の液体が、かすかに波打ったように見えた。

(ほらみなさい、ルゥがおっきい声出すから気付かれちゃったわ)
(フーだって人のこと言えないでしょ、お互い様)

 クスクスと笑うように波打った、その液体が入った薬瓶のラベルには「Formalin」とある。この会話を口きりに、薬品室のあちこちからひそひそ声が聞こえてきた。

(今度きた人はどうかなぁ)
(話声には気付けたみたいだけど)
(しばらく様子見?)
(善い人だといいね)

 クスクス。

 ざわざわ。



 声はしばらく止まなかった。





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