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「…ただいま…」
 無防備に開かれた木戸に手をかけ、かろうじて声になる音量でつぶやく。家の中の様子をうかがいながら、靴を脱ぎゆっくり廊下を渡っていく。慎重にいかないと、この木造平屋建ての藁葺き住宅は床板がギィギィとうるさい。その音に関して別段好き嫌いはないが、こういうときに限っては嫌悪感しか湧いてこない。
 自分の部屋に行くには、どうやっても居間と両親の部屋の前を通らなくてはならない。庭を通れば遠回りでも行けないこともないが、声の大きい庭師に見つかれば、一発で家中に自分の帰宅が知れ渡ることになる。

 いつもなら構わないけど、今日だけは御免だね、と心の中で呟きながら、シンヤは居間の前にさしかかった。あらかじめカバンから出しておいたテスト結果を手に、障子の隙間から居間を覗くが誰もおらず、少しほっとした。
 静かに障子を開け、テーブルの上に結果を伏せて置いた時、廊下を誰かが歩くギシギシという音が聞こえてきた。ここではない、少し離れたところ。食事をする部屋の方からだった。

 食事部屋の方から足音がしたということは、両親は今食事を終えて部屋に戻ってくるところなのだろう。鉢合わせる前に逃げるが得策と、シンヤはそそくさと居間を出た。

 食事部屋と両親の部屋は、居間を挟んで逆方向にある。まだ大丈夫だろうと早足に廊下を進むが、背中の方から聞こえる足音に気を取られて別の足音に気が付かなかった。気づいたときにはもう遅く、両親の部屋の手前で、風呂上がりらしい庭師に会ってしまった。

「おっ!?坊ちゃん!帰ってらしたんですかい!?」
「…っ、静かにしてくれ…!」

 日焼けした顔に満面の笑みを浮かべた庭師の大声に、シンヤは心底迷惑そうに眉間にしわをよせる。部屋に戻るからどいてくれ、と進もうとするが、庭師が空気を読まずにご飯は食べないのかだの庭の桜が満開だのと、あれこれ話かけてくる。そうしているうちに、シンヤは食事から戻ってきた父親に見つかってしまったのだった。


 居間に連れて行かれたシンヤは、テーブルを挟んで両親と向かいあった。両親の手にはテスト結果。そして母親の小言。そう毎度同じことばかりだ。耳にたこができる。

 シンヤとて、好きで平均でいるわけではないのだ。小学生のころまでは毎回クラスで一番だった。両親がほめてくれるのが嬉しくて、一生懸命頑張った。けれど、ある時クラスメートに言われたのだ。お前のせいで、俺らはいつも比べられる、いつもお前の話ばかりだ、俺らはお前の優秀さを見せつけるための道具のようだ、と。
 幼いシンヤは大きなショックを受けたのだった。自分のせいで不幸になる人がいることもそうだが、その後よくよく観察していると、両親がシンヤ個人ではなく成績を愛しているのだと気づいてしまったのである。

 それ以来、シンヤは学校で良い成績を取ることを止めた。解ける問題もわざと空欄のまま。あまり点数が悪いと、それはそれで小言が増えるので、平均点を予想して合わせたのだ。

 それにしても、母さんは僕と誰かを比べるのが好きなんだな、と小言を聞き流しながら思う。シンヤには、どっちがいい、悪いとはっきり分ける考え方がわからなかった。それはそれと受け入れればいいではないか。

「シンヤ、わかってるの?これではいい大学にはいれないのよ!?母さんはあなたのためを思って!!」

 嘘ばっかり。僕のためって言いながら、母さんが本当に気にしているのは、この家だ。僕がこのまま、冴えない三流大学に進んで出世もしないとなると家名に傷がつくと思っているのだろう。小さくため息をつく。

「もういいでしょ。部屋戻るから」
「私たちに何も言うことはないの!?」
「ないよ」
「…シンヤ」
「何?」

 立ち上がり、障子に手をかけると、父親に呼び止められる。数瞬ではあったが、父親と目が合った。

「今回は残念だ。次回に期待する」
「そんなことしても無駄だと思うよ」

 シンヤは皮肉っぽく言い捨て、続く母親の言葉も聞こえないものとして居間を出ていった。







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