男女が肩を並べて一緒に居ると、それは周囲から見れば立派に「カップル」なのだろう。深い意味での2人組、つまり恋人同士のことである。 シンヤたちは、恐らく、というか確実に恋人同士だと思われたらしい。 そんな風に見えるのか…と首をひねるシンヤをよそに、目の前のクラスメートはメニューとにらめっこしている。散々悩んだ挙げ句、長ったらしい名前のパンケーキのようなものに決めたらしい。シンヤも食べ物を注文しようとして、ふと、動きを止めた。家に帰ったら、シンヤのために母親が夕食を作ってくれるだろう。今日はテストが返ってくる日だから、と余計念入りに。
自分は、母に期待されている。勉強もそうだけれど、人格や人付き合いなんかもその対象。母は、自分が理想の息子になることを期待しているのだ。 母だけではない。父も同じだ。ただし、スポーツに関してだけは期待していないようだ。それは賢明だと思う。
だからシンヤは、そんな母親手作りの夕食が好きではなかった。どうせ今日だって、成績を告げたら空気が悪くなる。そんな空気の中で夕食を食べるくらいなら、今、恋人(仮)と一緒に腹ごしらえしてしまった方がはるかに気が楽だ。そう考え、同じく長ったらしい名前のパスタを注文した。
メニューを選んでいる間も、注文したものを待っている間も、それを食べている間も、シンヤたちは終始言葉を交わさなかった。というか、それが常なのだ。今日は割と口数が多い方。目の前のクラスメートは本を読んでいるし、シンヤは今日1日平凡に頑張った反動でぼーっとしている。無理に話かけて、相手の世界を壊すなんてとんでもない。むしろこの沈黙が心地良いのだ。 クラスメートより一足先にパスタを平らげたシンヤは、何の気なしにテーブルの本(もちろん目の前の人の)に視線を送った。相変わらず難しそうなタイトル…かと思いきや、「ハーグリウスの異世界譚」?なんだそれはと思わず眉をひそめる。 それに気が付いたのか、ちょうどパンケーキを食べ終えたクラスメートが、本をシンヤの前に置いてタイトルを指差した。 「これ、ファンタジーかと思って読み始めましたが、なんだか心理学の本みたいでおもしろいですよ」 「へぇ、そうなんですか。ハーグリウスって、一体誰なんですか?はじめて聞く名ですけれど」 「…恐らく作者の創作だろうと思いますが、世界の創造者の娘だと書かれていました」 「つまり、神の子、ですか」 すると、クラスメートはちょっとうなって、いいえ、と答えた。 「創造者は世界を作っただけで、神は別にいるようです」 「ははあ、なるほど。建物を作った人と管理する人は違う、ようなものでしょうか」 「ええ、そのようなものです、おそらく」 答えながら本をしまい、代わりに財布を取り出そうとしている彼女を制して、シンヤが2人分のお代を払うことにしてもらった。女性にお金を出させるのは気が引けるものがある。
店を出る時もお互いに無言だった。さっきの会話で一週間分はあったんじゃないだろうか。 家路につく前に、もう一度店の外観を眺める。つくづく周りに溶け込んでない。それが店が真新しいからなのか、独特の雰囲気からなのかはわからないが… 何にせよ、よくわからない名前のパスタのおかげ、いや、誘ってくれたクラスメートのおかげで、シンヤは気まずい夕飯を回避できそうだった。今日はなるべく静かに木戸を抜けて、なるべくさり気なくテスト結果を居間に置いて、なるべく早く自室に入ろう。
などという決意と同時に、シンヤはそれを見つけた。来た時に気が付かなかったのが不思議なくらい、違和感のある扉。それが店の横の路地に佇んでいた。従業員用の扉にしては派手だし、なぜ路地をふさぐように取り付けられているのだろう。
「シンヤ君」 ビクッと肩を震わせて振り返ると、いぶかしげな表情のクラスメート。 「どうしたのですか?暗くなるまえに帰りましょう」 「な、なんでもありません。そうですね、もう日も大分傾きましたし」 いよいよ沈みそうな太陽を見るついでに、チラリと扉を見るが、そこにはただの薄暗い路地がのびているだけだった。 目を丸くして驚く間もなく、シンヤはクラスメートに急かされるままに帰路についたのだった。
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