episode.8 あの日の私は「彼」に口付けられて、心を食べられたはずだった。 心を食べられたヒトは普通、目的とされた感情とその記憶を失う。 記憶はまだしも、感情の欠けたヒトはヒトとして成り立たない。この意味、わかるかな。 私は──私の心は、「彼」に食べられて、「彼」の心と同化した。 アクマである「彼」が元はテンシだったこと。テンシのルール。アクマのルール。「彼」の記憶や彼女たちの気持ち。色々なことを知った私は、そこで目を覚ました。 テンシたちの間では、心を食べられてしまったヒトが助かることはほとんどないっていうのが常識みたいだし、アクマを消すにはちゃんとした手順を踏まないといけないっていうのが定説らしかった。 だから、天使くんはびっくりしていたみたいだけど。それは天使くんがテンシだったからで、アクマのほうの不自由さえ知ってしまえば、答えは簡単。 「アクマは、自分の食べた心の中に『目的とする感情』が含まれていなかった場合、その存在を維持することができなくなる」。 まるでハイリスク＆ハイリターンのギャンブラーみたいだけど、それにしても、これを天使くんに教えるのは気が進まない。ああ……。 とにかく、「彼」に食べられたおかげで、「彼」の記憶なんかに触れて、私の中の不思議はだいたい解けた。 というか、これまで起きた不思議なこと（記憶が飛んでたり、空から……落っこちたり）にはほとんど、「彼」が関係していたってことなんだけど。 天使くんはテンシで、「彼」はアクマ。テンシはアクマを嫌うもの。アクマは神さまを裏切ったから。 それでも私は、「彼」を嫌わないでって、言いたかった。 今でも言いたいけど。 天使くんの質問に答えないまま眠ってしまった私は今、出来立てのリゾットが乗ったなんでも机の前に座っていた。起きたら置いてあったんだよね、天使くんの作ったリゾット。赤いから、トマト系かな。おいしそう。 大きなスプーンはお皿の隣りに並べてあったけど、正面に座る天使くんにすっかり気後れしていた私はそれに手を伸ばせなくて、お預け状態だった。 リゾットがカツ丼に見えるよ！ お腹のすいた私はリゾットのかおりに弱ってしまう。 これを食べたいなら洗いざらい吐いてしまいなさいってことなんだね、天使くんの料理の腕を知っている私には効果てきめんだ。 天使くんは私を見つめるばかりで、自白を促されているような、変な気持ちになる。 まずは何を言えばいいんだろう。天使くんが聞きたいことって何だっけ？ ［しおりを挟む］ ← |