prologue 隣りの部屋に変な名前のひとが入居してきた。挨拶回りに来る前、こっそりと表札を見たのだ。 テンシ。 そういうわけで、私のお隣りには「天使」さんが住んでいる(らしい)。 *** 「天使」さんは、入居したその日にメロンを持って私の部屋、まあつまり202号室にやってきた。 激安アパートだから、チャイムなぞというものはない。ドンドンドン、と金属の扉を叩かれて、私はパソコンのキーボードを叩くのを止めた。 「柊(ひいらぎ)さーん! 柊なつきさーん! 留守ですかーっ?」 「ちょっと待ってくださーい」 「はーい」 一応といった感じのフローリングの床が軋まないように玄関まで移動する。小さな覗き穴を覗き込むと、そこには金色の何かが揺れていた。 見える範囲が狭いからよく分からない。 私は鍵を開けた。 「こんにちは!」 そこにいたのは男の子。生のメロンを腕に抱えて、私を見上げている。変な色の目だ。黄色っていうか金色っていうか、淡い、不思議な色。カラーコンタクトでもしてるのかな? 引っ越し挨拶品の代表格に分類されるメロンのおかげで、彼が天使さんなんだろうなっていう予想ができた。 「初めまして。オレ、天使(あまつかい)って言います。今日から203号室に住むので挨拶に来ました!」 あまつかい……。 テンシじゃ、なかった。 「えっと、はい、これ。メロンです。一週間くらい後が食べ頃です」 天使くんはにこにこしながらメロンをくれた。受け取ってみると、それは見た目以上にずっしりと重かった。上等なものなのかも。落とさないようにしなくちゃ。 ありがとう、よろしくね、と返せば、天使くんはにこにこしたままうなずいた。 高校に入学したてって感じかな。まだ身長はそんなにないし(私より頭一個分くらいは低いと思う)、声だって高くてあどけない。声変わりもまだなんだったら、中学生ってことになるんだろうけど、さすがに一人暮らしはしないよね。 でも、挨拶とか色々しっかりしてるから、うーん、どうなのかなあ。 「それであの、なつきさん。出端で悪いなとは思うんですけど、」 「はい?」 「オレのお願い、聞いてくれませんか?」 にこりという効果音が見えるほどのその笑顔は、おやじギャグとかそんなのでなくて、本当にテンシみたいだった。 [しおりを挟む] ← |