ふうん、と相槌を打った前髪くんのブレザーの裾を引っ張り、小枝が尋ねる。

「楓くんたちは?」
「部活の招集が掛かったらしい」
「まだ登録してないのに。早いね」
「勧誘に使われるんだってさ。俺も勧められたよ、軽音」

 あの、ぱりぱりした二年生が、入ったばかりの後輩たちにビシバシ指示を出している姿が浮かんだ。それは非常に有り得る光景だ。
 しかし──。

「楓くん、軽音楽部に入るんだね。聖くんも?」
「簸川は保健室」

 二人の会話から、そこには特に有益な情報はなかったものの、教室にあの不審者と小人くんがいないことを知った。
 小枝はよく気が付いたものだ。わたしや咲乃の知らないクラスメートの顔と名前を把握していたり、一体いつの間に覚えたのだろうか。

「調子、悪かったんだ。聖くん、大丈夫かな?」

 それまで口の中で飴玉を転がしていた小枝の動きが止まった。

「そうだなあ。そういや、幸輔が『保険医がやばいらしい』とか言ってたけど」
「やばい?」
「あいつのネットワーク半端ないから。もう情報網広げてるんだよ」
「幸輔くんはほら、顔広いもん。それより、やばいって、何がだろう?」
「さあ……調査中らしい」

 ……。
 保険医というと、片桐護のことなのだろうが。
 やばい、という俗語が彼女に当てはまるかはともかく、既に話題になっている点が恐ろしい。

 そこでパッと、小枝がわたしを見た。

「そういえばことり、保健室に先生のお見舞いに行ったことあったよね。どうだった?」

 お見舞いというほどのことはできなかった。それが先日。
 片桐護についての明確な情報は、残念ながら持ち合わせていない。ただただ、異質だった。それをそのまま伝えたところで、通じるはずはないのだ。
 あれは自分の目で確認して、実感する必要がある。百聞は一見にしかずだ。

「何とも言えない」

 視える、というのも、現実味がなくて、実証もないため、詳細は分からない。
 だから、これはかなり素直な言葉である。

「腑に落ちないな。ほら、第一印象とかは?」

 前髪くんに追及された。

「第一印象」

 あのときはそれどころではなかったが、確か。

「志内……先生、のこと、『フルゾー』って、呼んでた」

 そこで鳴ってしまう、昼休み終了のチャイム。

 また後で聞くわ、そう言って、前髪くんは自分の席へ戻った。小枝もうなずいて、それぞれ着席する。
 今の会話で一つ明らかになったのは、片桐護という人物が、変なニックネームを考えるのが得意らしいということだった。

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