「くそ猿のファインプレーは認めてやるわ」
 盛大なチェイン帰還おめでとうパーティーで、主役がこれでもかというくらいに顔をしかめてそういった。うわばみで名を馳せるだけあって、チェインは少し顔を赤らめているもののまだ会話はしっかりとしている。他のパーティーの参加者は主役を置き去りに、床で酔いつぶれてしまっていた。特に、思わぬ形で帰還の一役を買ったザップは、仲間からは功労者として、主役からは腹いせとして念入りに潰された。明日は悲惨なことになっているだろう。
 スティーブンは、ただ一人パーティーに参加していない。どこかの別室にひきこもって後始末を言い訳に掲げて仕事をしている。
 年齢も相まって酒を遠慮してたレオナルドは、一人素面の装いで声をかけた。
「チェインさん」
「あぁ、レオ。今回はありがと」
「あ、いえ。僕はなんにも」
「レオがいたから、完全に上書きされない状態が続いて戻ってこれたんだろうって、局長に聞いた。だから、ありがと」
 それこそ義眼の力だと思ったが、面映ゆくてレオナルドは視線をそらした。これから言おうとすることを思うと、胸の内側で罪悪感がちらちらと揺れた。
 全員酔いつぶれているというのに、レオナルドはそれでも声をひそめた。
「僕、スティーブンさんに告白します」
 チェインは少し驚いただけで、それでレオナルドは自分の気持ちが彼女にも知られていたことを知った。居たたまれない気持ちになる。男のくせに、なんて笑われていたかもしれないし、相手にもならない競走馬だっただろう。チェインがそういう人ではないとわかっていても、被害妄想で顔を赤くした。
 でもチェインはわざとらしい声でレオナルドをちゃかすだけだった。
「命の恩人にそういわれたんじゃねー」
 捉えようによっては、告白をするから身を引けという牽制にきこえたかもしれない。そう慌てふためく姿を、彼女は小さく笑った。からかわれたと分かっていても、レオナルドはやっぱり謝った。
「ねぇレオ、スターフェイズさん心配してくれたかな」
「もちろんですよ!」
「……うそ。確証がないって切り捨てたんでしょ」
「そんなことねーっす。人狼局行っていろいろやってくれました」
 嘘ではないが、まったくの真実でもない。スティーブンは確かにチェインを助けるために動いた。けれど、最終的に諦めようとした。
「そう?」
 じゃあどうしてパーティーに参加せずにいるのかとチェインは尋ねない。彼女もうすうす気づいてしまっているのだ。けれどお互いにスティーブンのそういうところを承知して好きになった。
 一瞬の沈黙の後、目を合わせずに別れを告げた。
「じゃあ、いってきます」
 言い捨てるように部屋を出ていくレオナルドを、チェインはただ見送る。手に持っていたコップを煽ろうとして、それがもうからであることに気づくと空いた片手で顔を覆った。
「あ〜〜!」
 失恋しちゃった、という彼女の声は、真っ先に希釈されて誰にも拾われることはなかった。ずっと好きだった。レオナルドがライブラに入ってくるより前から見つめてきたのだから、誰が誰を好きなのかは知っていた。
 主役であることを言い訳に、散々になった会場を放っておいてチェインは窓から夜空に溶け込んだ。
 空中散歩の合間に、携帯を取り出し文章を打ち込んでいく。人狼各位へ、女子会の誘いだった。失恋に必要なのは、男の敵と、チョコレートとブランデーだ。



 チェインがスティーブンと顔をあわせたのは、結局それから二週間も後の事だった。チェインは最初の三日は飲み歩いて、次の三日は体調不良。スティーブンも彼女のことを、さりげなく避けていた。
 ばったり事務所で顔を合わせたときに、彼はあからさまに表情筋を固まらせた。それにあつらえたように二人きりだった。スティーブンが何か喋ろうとするより先にチェインが慌てて口を開いた。
「おめでとうございます」
 レオナルドとの関係を指しての言葉だった。
「ん? 何が……え!? 知って……!?」
「私は諜報のプロですよ」
 そういうと、スティーブンは打たれたように顔をあげた。何かに気づいた顔だった。人狼に隠し事はできない。
「チェイン! 君が戻ってきてくれて心から喜んでる! それは本当だ!」
「それも、知っています」
 彼がどう考えて悩んだか、多少の差はあるだろうけど、チェインには予想がついていた。レオナルドはああ言ってくれたものの、それを手放しで信じるほど馬鹿じゃない。
 これからも彼は何度だってチェインを見捨てるだろう。その選択と可能性に、この二週間苦しんでいたこともわかっている。
「私は、あなたを尊敬しています」
 これは小さな嘘だ。
「もしスターフェイズさんが、何かに後悔したり、恥じていても、私はあなたのしたことが間違っていたとは思いません。あなたの選択は、仕方のないことなんです」
 彼はひどく納得のいってない顔をしたが、罪悪感からか押し黙っている。
 チェインは何があってもスティーブンを肯定すると決めていた。それは、クラウスにも――レオナルドにも、できないことだ。そんな彼らをスティーブンは愛していて、だからチェインは決してスティーブンに選ばれることはない。

 これはみじめな恋心だ。尊敬ではない。
 でも、そういうことにしておいて、手を打とうと思う。






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