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 クラウスとスティーブンがライブラへレオナルドを連れて帰ったとき、事務所にはいつものメンバーがそろっていた。見慣れない人物にザップはわかりやすく警戒を走らせる。
 スティーブンはレオナルドのことを簡潔に説明した。ライブラの構成員で元義眼保有者だ、と。反応はおおよそ似たり寄ったり、もったいないというものだった。
 ツェッドとK・Kもあからさまではないものの惜しむ口調だった。
「返還してしまったものを僕らが何を言ってもしょうがないとは思いますが、きっとすごい力だったんですね」
「そうよねぇ……義眼があればBB戦だってかなり楽になったんじゃない?」
「事実楽になっていたんだろうね」
 意味深な言い方をするスティーブンに、一同がぴたりと口をつぐんだ。それだけブラッドブリードとの戦いはライブラのメンバーにとって重要な案件だった。
「彼はこのライブラで10体以上の諱名を読み取り密封に協力してくれていたらしい。ただし義眼の返還とともに世界は書きかえられてしまって、我々にその記憶はないし、密封もなかったことになっている」
「はぁ!?」
 あからさまに不機嫌な顔をするのは、やはりザップの役目だった。スティーブンはあえてそちらに目をむけなかった。お前のそういう誘導しやすい所、嫌いじゃない。
「諱名ならこの子の携帯に残っているから、そいつらに関してはまた密封することができる」
「つーか二度手間だし10体限定とかよぉ! こいつが義眼返したせいでBB戦は苦しくなった上に、せっかく密封したやつらがまた野放しってことかよ」
「そういうなザップ、彼にも事情があったんだろう」
 レオナルドはじっとうつむいて、手を拳にしている。できれば彼にまた義眼を取り戻してほしいが、それはあまり現実的じゃない。
 10体、しとめるまでは確実にライブラに居てもらいたい。
「すみません、僕が自分勝手に……」
 言いかけたレオナルドの肩を、後ろにひかえていたクラウスが掴んだ。
(やっぱりダメか)
 スティーブンの狙いはこれで頓挫した。そもそもクラウスの前で遂行できる内容じゃなかったから、しょうがない。
「レオナルド君。君は義眼を手に入れて妹さんが犠牲になった、といっていた。義眼を返還したことは、それと関係があるのではないか」
 スティーブンは尋問でレオナルドの事情を知っている。この後の展開が容易に想像ついた。ここはもうクラウスにのっかる方がいいだろう。
「……義眼のまわりには、いつも失明者がいたそうです。僕のときは妹が自分の目を差し出して僕を守ってくれたんです」
「少年、今妹さんは?」
「はい。義眼を返して、また見えるようになりました」
 なんとか笑っている、そんな顔だった。クラウスはおめでとう、と言い、同時にK・Kがソファーを飛び越えて熱い抱擁をした。顔に胸があたるからか、逃げようとするレオナルドを抑え込んでおもいきり撫でまわしている。
「おめでとう! 私いじわるだったわ〜。ごめんね。妹ちゃんが元気ならそれが一番じゃない」
「おてんばすぎて困りますよ。車いすなんだからもう少し落ち着いてくれないと」
 同情っていうのは警戒心を薄くさせて、強制的に相手の優しさを引き出す最強のカードだ。ザップでさえ悪態をつぐんでしまった。
 失明に車いす。そんな妹のために義眼を返した少年を、もはや誰も責めたりしないだろう。
 K・Kは一度レオナルドを離して目をあわせると、真剣な顔で再び抱きしめた。スティーブンは体の差異なんて顔の違いと同じようなものにしか思えないが、一般論として、多くの健常者が障がい者を可哀想だと思うものだ(二重苦ならなおさら)。
 あの写真妹だったのか、としか思わなかったスティーブンは、自分のことを結構人でなしだと思っている。
「世界の書き換えかぁ。あたしも前にやっちゃったけど、お互いここに戻ってこれてよかったね」
 チェインに嬉しそうに笑うレオナルドに、スティーブンは自分の思惑が結構ちんけなものであったかもしれないと知る。
 罪悪感を抱えても、皆に忘れられても、もう一度ライブラに入りたいといった彼が諱名リストが終わらないうちに離れていく可能性は低いだろう。
「つーか本当にお前ライブラにいたのかよ。覚えてねーわ。証拠だせ証拠」
「いーっすよ、今からザップさんの携帯に電話かけるからよーく見とけよ」
 レオナルドが手元の携帯を操作すると、確かにザップの携帯は震えだした。それをみてザップが腹をかかえて笑いだして、ツェッドとチェインは腐った眼差しをむけている。
「糸目陰毛! 糸目陰毛で登録されてやがる!」
「ドン引きです」
「あーあー! なんで世界は書き変わるときこの人の下のつく品性を上げといてくんなかったかなー!」
「死ねばいいのにクソ猿。ねぇレオ、アドレスみつかんないんだけど」
「あっ今かけてみます」
 見知ったメンバーのなかでワイワイ楽しそうにしているレオナルドをみて、スティーブンの口元も少しゆるむ。

 数秒おいて、思わずぱっと口元を覆った。無自覚だった。


150728



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