終わったあとに、スティーブンが小さく名前を呼んだ。
「ジョルジオ」
 レオナルドではない。迷子のように呼ぶのは、スティーブンが届かないところで、または目の前で死んでいった仲間たちだ。
「ブライアン」頼みごとを断われない優しい奴だった。「カルロス」野球と賭けごとが好きだった。「ダン」そういえば、ダンはそばかすを気にしてた。「フランク……フランク、フランク!」争いごとが嫌いな小心者で、夜は誰かと一緒に寝たがった。それで、フランクはいつもブライアントにつきあってもらってた。
「嫌だ……!」
 レオナルドにしがみついてスティーブンが泣いていた。一人また一人と誰かを呼ぶ度に、レオナルドは胸を刺されるようだった。
 きっとレオナルドもスティーブンを切りつけていただろう。
「――ダンさんっ」
 スティーブンを頼んだよ。そんなことを言われたって、レオナルドにはこうやって抱きしめることしかできない。
 どうにもできない。皆が死んだら、この人は泣くに決まってるじゃないか。
 スティーブンはレオナルドに、ダンが最後になんて言ったかを教えてくれた。
 ――お前は隊長なんだから、守られてなさい。
「嘘つきな人ですね」
 レオナルドには失うわけにはいかないと言った。最高にかっこよくて、ダメな所がかわいい後輩だといった。スティーブンの血凍道をみて、さすがと漏らしたダンの顔は誇らしげだった。
 だからダンはスティーブンの前に躍り出た。
 抱き締めたスティーブンは暖かかい。それだけでレオナルドは涙がとまらなかった。


 眠っているスティーブンのまつ毛と目尻には塩が白くなって固まっていた。レオナルドは爪先でやさしくそれをとってやって、まだつるりと傷のない左頬にキスを落とした。
 これから沢山戦って、ここにいずれ大きな傷を負う。きっとすごく痛いんだろう。レオナルドが知らない誰かと恋もして、ふられて、新しい恋を重ねていく。
「大丈夫大丈夫、スティーブンさんは前に進みますよ」
 クラウスがきっと支えになるだろう。
 義眼をひらいて、スティーブンの閉じた瞼に重ね合わせる。まつ毛が重なりあうほどの距離。
 服を身につけると、別れのメモを手つかずの食事の下に挟んだ。
(帰りの魔法陣をみつけました。僕は帰らなければいけません。ごめんなさい。あなたたちチームのこと、大好きです)
 いまだ苦しんでいるロイドとノーマン、疲れて寝てしまっているクラウスにも同じように義眼を重ねた。そうして、全員の目からレオナルドの顔の記憶を消す。
 この時代から四年後、紐育は崩壊する。七年後レオナルドは義眼をはめられライブラに入る。またまっさらな状態でスティーブンとクラウスと出会う。
 そして九年後に、レオナルドは過去へ飛ぶ。こんなことになるなんて、ヘルサレムズロットは本当に何でもありな街だ。こんな、スティーブンとこんな気持ちになるなんて。
 密集林に足を踏み入れ、最初の蛇の死体のところへ。大きなサークルが草と砂に紛れるように書かれていた。トイレの魔法陣と一緒で、やはりエネルギーをもたずに静まり返っている。ダンはいつこれを見つけたんだろう。
 レオナルドが義眼を開いて、辺りが青く照らされる。そのまま、そっと地面に顔を近づけて、魔法陣に義眼をくっつける。
 ここに飛ばされてきたときは、魔法陣は区画シャッフルのエネルギーを吸いこんで発動したように見えた。レオナルドがもつ、唯一無二の膨大なエネルギー。義眼を発動させ熱を持たせると、どんどん光が魔法陣に吸いこまれていく。
 しだいに溜めこんだ魔法陣が光り出して、伸びてきた光がレオナルドを縛り上げる。
 傷ついたまま置いてきてしまったスティーブンと離れがたくて、胸が苦しかった。


 一回目と同じで、落とされるように地面に放り出された。今度は咄嗟に手をつっぱったおかげで頭をうちはしなかったが、起きあがった時の体調は一回目よりひどかった。
 酔いにくわえて、目がほとんどみえない。義眼の視力が随分とさがっている。たぶんエネルギーとして使った代償だろう。ひどくぼやけて、景色はくもりガラスを挟んで見ているようだ。
 幸い動くものはちゃんとわかるので、シルエットが人型をしてるものに適当に声をかけてみた。
「すみません、つかぬことをお聞きするんですが、ここはヘルサレムズ・ロットでいいんでしょうか」
「なに? そうだよ? ヘルサレムズ・ロットじゃなきゃなんだっていうんだ」
「何年の何月何日ですか」
 すると知っている年月日が返って来た。ザップと魔法陣を調査していたちょうど当日の十七日。ちなみに時間もきいてみたら、それも区画シャッフルが起きてから三十分ちょっとくらいだ。
「あざっす助かりましたー」
「わけわかんないなぁ。君未来からきたの?」
「あははー、まっさかー」
 ザップに連絡を取ろうと携帯をだす。ほとんど見えなかったから鼻をくっつけるほどに顔を近づけてみる。残念ながら画面は真っ暗で、電池がきれているようだった。
 向こうでは充電なんて一度もできなかったから当然だ。
「ここどこだろうなぁ」
 別の誰かにトイレの場所をきいて、一先ず向かってみる。運がよければ公園内で、ザップにあえるかもしれない。
 おぼつかない足取りで歩いていると、思いもよらない相手から声がかかった。
「少年!」
 ここしばらく、たくさん聞くようになった声だ。
「スティー、ブン、さん?」
「ザップから君が消えたと連絡が……! なんともないか!?」
「ええ、あ、ただちょっと目が」
「どうした?」
 姿は見えないが、心配そうな声をきけば今どんな表情をしてるかすぐにわかる。指先がやさしくレオナルドの目にふれた。
 急にレオナルドの目からぼろぼろ涙がこぼれてきた。
「うううぅぅ」
「レオ!? どうした、どこか痛むのか」
 レオナルドは首をふってスティーブンのスーツにしがみついた。
「うわああああああ……あああ……うわあああ」
 スティーブンがひどく慌てたが、レオナルドは人目もはばからずに声をあげてわんわんと泣いた。
 九年たった彼をみて気づいた。
 レオナルドは彼をひとり置いてきた。大丈夫大丈夫と、いいきかせたところで、寝ている彼にはきこえていなかっただろう。
 大丈夫なわけがなかった。
 あんな戦いをスティーブンは何度繰り返しただろう。仲間の命を背負うのは辛かっただろう。守りたいと語ったのに守られるのはどれだけ苦痛だったろう。
 九年の間に、スティーブンは立場をクラウスに譲って、リーダーをやめてしまったのだ。もしかして、生き残るより、誰かを守って死にたいと思ってしまったのかもしれなかった。




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