吐息の向こうの、
ほう、と息を吐けば向こうが霞んで見えた。
年も明けて数日が経ち、進級までのカウントダウンが始まった。
会長職に着いてからというもの、連日に渡る業務に追われ、自分の性格も相成って、休みなど無いに等しかった。
そんな自分にとっての進級はつまり会長の任期満了、そうして今までに無かった休みが生まれるということ。
別にそれが寂しいわけではない。
ただなんとなく、目の前に見えてきたそれが、とてつもなく大きな空白に見えて仕方が無いのだ。
目を細めて見た霞みは、まるで最初からそうであったかのように、すう、と消えていく。
「どうかした?」
いつの間にか隣を並んで歩いていたのは碓氷。
彼はこうしてひょっこり現れて、さりげなく私を手助けしている。
もっとも、それは私が望んだ事ではなく、お節介で。
「別に…、何も」
軽く見上げるその色素の薄い髪は、朝日を反射してキラキラと光る。
私は暫く、その眩しさに目を奪われていた。
「…、そ」
一瞬向けられた視線に何故か焦りを感じ、急いで視線を戻した。
頬に当たる風が、とても鋭く感じる。
コイツと、碓氷とこうして深く関わるようになってから、もう随分と経った。
最初は飄々として、掴み所のないコイツに振り回される毎日が続き、私は怒鳴りすぎて喉が痛かった。
ある時、碓氷が私へ喉飴をくれた時だって、何だかそれが癪に障ったから思わず声を荒げてしまっていた。
結局はその喉飴にお世話になったのだから、お礼の一つくらい言ってやるべきだったのかもしれない。
そんな日々から、少しずつ時間が経つことで、私にもようやく抗体が出来たようだ。
きっとあの頃の私から見れば、今の私は相当丸い性格になってるのではないだろうか。
「会長、」
横からスッと差し出されたのは、先ほどまで碓氷がつけていたはずの手袋。
ふんわりとしたファーが、見た目にも暖かくしてくれる。
「手袋ぐらいつけなきゃ」
そう言って、受け取ろうとしない私の手に、勝手に付け始めた。
やんわりと毛糸に包まれる手には、優しく残る碓氷の体温。
冷え切った私の手に、少しずつ染みていく。
「…どうして」
「本当は握っちゃいたいけど、そうすると会長は怒るでしょ?イイじゃない、これくらいさせてくれても」
軽い足取りで2、3歩前に立つと、意地悪い笑顔で私を振り返る。
じっと睨みつけるように見つめてやると、何事もなかったように碓氷は歩き続けた。
「好きな子には悪戯だって、優しくだって、したくなるんだもん」
吐息の向こうに霞む後姿が、不思議といつもより大きく見えて、思わず服を掴んでしまった。
そんな高校2年の冬。