▽ 6-愛の言葉
合同学園祭の会場となる調理室にて、一人の生徒が熱心に何かを掻き混ぜていた時だった。
「岳人ぉ…」
「うわ、なんだよ、気持ちわりぃ!」
ドサリと背中に乗っかってくる重みに、岳人は容赦ない言葉をたたき付ける。
まして試作品のタコ焼きに入れようと納豆を掻き混ぜていた最中なのだ、邪魔されてはたまったものじゃない。
背中に寄り掛かる忍足は、岳人の手にあるものを見てゲッと体をあわてて離した。
「気持ち悪いモン持ってるんなら先に言いや」
「背中に乗ってきたのは侑士だろ!しかも納豆は気持ち悪いモンじゃねえ!」
鼻をつまむ忍足に、岳人はイライラと噛み付く。
どこかにふらりと消えたかと思えば、いきなり帰ってきて背中に勝手に乗った挙げ句鼻までつままれるのである。
「俺は模擬店のために侑士と違って真面目に考えてたんだっつーの!」
「そりゃエライなぁ、でもそれは認めへんで」
「クソクソ侑士!」
キッチリ拒否をしてから忍足は鼻から手を離し、ため息をつく。
いつもの彼なら納豆の匂いが残る部屋など勘弁、と言いつつどこかへ行くのに今日は妙におかしい。
岳人の暴言にも怒らない。
さすがにダブルスパートナーの異変を感じとった岳人は、わずかに忍足を見る。
そしてすぐに目を離し、納豆を全力で掻き混ぜながらポツリと口を開いた。
「…で、どうしたんだよ」
「聞いてくれるん、岳人」
「どうせ聞いてもらいに来たんだろ!」
白々しい奴、と岳人は忍足を見遣るも忍足はまったく気にした様子もなく再び自分の世界へと入り込んでいた。
そして岳人がいることを意識しているのかいないのか、傍らにあった椅子を引きカタンと座る。
一方の岳人も、納豆を掻き混ぜながら忍足の話を聞こうと近くの椅子へ腰かけた。
「さっきなぁ、ナツちゃんと話しててなぁ…」
「おー」
「また振られたわ」
「…いつものことだろ」
「今日は違うんやて」
また振られたのかよ、と大して驚いた様子もなく納豆を混ぜる岳人に忍足は1番深いため息をつき、続ける。
氷帝から中立運営委員として合同学園祭に参加している一色ナツに忍足は何度アプローチをかけたのだろう。
もはや誰も数は覚えていないだろうが、忍足はこれまですべて華麗にかわされてきた。
そして今日、ついに最終手段を持ち出したのだ。
「今日はな…ついにはっきり言葉に表したんや」
「おー、それで?」
結果は聞かずとも分かるものの、岳人はあまりに不憫な忍足を憐れに思い、相槌を打つ。
納豆の粘り具合がいい感じだぜ、と内心ではまったく違うことを考えてはいたが。
しかし目は納豆に釘付けな岳人に気づかないのか、忍足は深く息を吐き出し困ったように言う。
「全然効かんかったわ」
「だろうな」
顔を赤くしたりはしてくれてもその先には進まない、という忍足の歎きに岳人は内心で頷く。
まさかあのナツが甘い言葉の一つや二つで落ちるワケもないだろう。
そうだったらとっくに跡部あたりが落としていてもおかしくはない。
まったく驚きもせずに言う岳人に、忍足は頭を抱えて唸る。
「思ってること全部伝えたのになんでや…」
「どうせ遠回りに言っても自分の甘い言葉なら伝わるとか思ってたんだろ、クソクソ侑士!」
「なっ…いやまあ思ってたわ、思ってたけどな…」
「ストレートに言っても伝わるかどうか怪しい奴に遠回しに言ってどうすんだよ」
「…鋭いなあ」
「ま、そこがアイツのいいとこだぜ!」
岳人の言葉にうなだれる忍足は、最後の言葉にガバッと頭を上げる。
冷や汗が顔を伝う。
まさか…岳人?
唖然とする忍足に、納豆から目を離した岳人はいたずらに歯を見せて笑った。
「誰がナツのこと嫌いだって言った?俺だって諦めちゃいないんだぜ」
「…勘弁してや、岳人」
自負している低音の甘いボイスに自分が考える中でもとびっきりに甘い愛の言葉。
他の女性なら効果抜群であろうこのコンボが効かない女子が自分が1番好きな人。
おまけに悩み相談していたダブルスパートナーまでもがライバル。
「誰も信用できんわ…」
忍足侑士のため息は今日も今日とて止まることはなさそうだ。
愛の言葉
―忍足侑士の秘密兵器
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