ヒトナツの恋 | ナノ


▽ 66-ガラス細工


なんだか予想外の組み合わせを見てしまった。

彼が大事そうに掌の上に載せているのは、綺麗なガラス細工。

いつもテニスラケットやボールを握っているのであろう手はわずかに震えているようにも見え、ナツは思わず声をかけた。

学園祭の会場の中をその状態でぐるぐると歩き回る姿もだいぶ前から気付いていたことだ。



「あの、真田さん」
「む?ああ、一色か。すまんが、俺は今手が離せんのだ。何か模擬店のことで用があるならば蓮二に頼む」
「模擬店のことは大丈夫なんですが、個人的に用事がありまして」
「なんだ?」
「その手に持っているものは一体…?」



彼としては普通の速さで歩いていたのかもしれないが、真田と身長の差があるナツにとっては速足をしてなんとか彼に追いつく。

後ろから声をかけると律儀に振り向いてくれた真田の掌に注目しながら、ナツは問いかけた。

やはり自分の目は間違っていなかったようで、そこにあったのはガラス細工だった。

ウサギが転がるリンゴを追いかける様子を切り取っているものらしく、真田の掌の三分の二を占めるほどには大きさがあった。

透き通った色や形の繊細さ、なめらかそうな表面に目が奪われてしまう。



「ガラス細工だ。精市から今日一日預かったものでな」
「ああ、今日幸村さん来てましたからね。夕方までいるんですよね?」
「うむ。それまでこのガラス細工を持ち歩くようにと言われたのだ」



持ち歩くといってもカバン等に入れればもっと楽なのではないだろうか。

そう思ったのが表情に出たのか、ナツの顔をちらりと見てから真田は何も言われていないにもかかわらずこう続けた。



「人目に付くように持っていろと言われたのだ。そうなれば、こう持っているしかあるまい?」
「それならそうなりますね。でもなんで人目に付くようになんでしょうね」
「わからん。しかし、なるべく歩き回るようにとも言われた」



もしかしたら、真田は少し遊ばれているのかもしれない。

どこか離れた場所から真田の様子を見てくすくすと笑う幸村の姿が容易に想像できたが、何も言わないでおく。

いつものように厳しい表情で歩き回る真田と、どこからどう見てもかわいらしいガラス細工の組み合わせ。

誰もが思わず何度か見てしまうこの様子も、ある意味では幸村しか作り出せない状況であろう。

加えて、ここ数日間真田は少し働きすぎていたのだ。

すべてを自分で背負いこみ、他を頼ろうとしない。

どのようにして役割を分担してもらうことができるかナツや立海担当の運営委員が悩んでいるうちに、理由は何であれ真田が作業から離れる機会ができた。

今日一日預かるといっていたから、今日は根を詰めて作業をすることはないだろう。



「じゃあ、今日はこの施設の中の見学をするんですか?」
「む…模擬店の準備を手伝おうとすると幸村に追い払われるからな、仕方あるまい」
「きっといろんな女の子から声かけられますね」
「なっ!?何を言うか!」
「こんなにかわいらしいガラス細工持ってるんですから、十分その可能性はあるでしょう?」



突如言われた言葉に、真田はわかりやすく動揺する。

自分と、自分の手に持つガラス細工が注目を浴びていることは薄々気づいていたことだった。

それでも声をかけてきたのは、ナツが初めてのこと。

まだまだ今日の準備は続いていくが、その間もずっと自分はこのガラス細工と一緒にいる必要がある。

異性との会話にあまり慣れていない身としては、そう一日何度も別の女子から声をかけられてはたまったものではない。



「それじゃあ、私はそろそろ行きますね」
「…待て、俺も行く」
「次はどこを見るんですか?」
「お、お前の後をついていくことにする」



普段は厳しい顔つきをしている男子に真っ赤な顔でそんなことを言われた日には、なんと返すのがいいのだろう。

つられて顔を赤くしたナツと真田に、周囲の人間は不思議そうに首をかしげた。

他の女子から声をかけられないようにと彼女のボディーガードのように付き添う真田の圧力に負けたのか、その日声をかけてくる生徒はほとんどいなかったという。





ガラス細工

―真田弦一郎の預かりもの

prev / next

[ back to top ]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -