▽ 36-歩調合わせてよ
「一色さん、じゃあ行きますよ?」
「お願いします!」
タン、タン、とコートへボールの感触を確かめるように何度か落とす。
相手から帰ってきた返事に小さく頷き、神尾は高くボールを放り投げた。
室内とはいえ、夏の空気は少しじっとりとしている。
その暑さを切り裂くかのように、神尾はラケットを鋭く振り下ろした。
テニスがしてみたい、と言ったのはナツだった。
学園祭準備期間中、周りにいるのはテニス部員だらけ。
当然のごとく会話の多くはテニスのことで成り立っており、その会話の端々を聞きながら、どうやらテニスに興味を持ったらしい。
そしてその興味について、話を一番最初に聞いたのが神尾であった。
もちろん神尾は、「だったらやりましょうよ、今すぐ!」と誘い出し、ナツへのテニスレッスンを始めた。
やがて1時間経った後、最後に神尾のサーブが見てみたいというナツの要望に応え、冒頭のようなサーブを見せた。
「今まで体感したことがないくらい速かったです!」
「俺なんてまだまだですよ、青学の乾さんとか氷帝の鳳とか、もっとすごいのいっぱいいますから」
普段テニス部員といる中では言われることのない褒め言葉に照れ、神尾は思わず別の学校の部員の名前を出してしまう。
テニスシューズのひもを少し緩めて普段の靴に履き替えながら、神尾はちらりと横目でナツを見た。
テニスをするのは初めてと言っていたが、なかなかのセンスがあった。
普段の試合のように切羽詰まったテニスをしたわけではない。
もっと楽しむような、お互いのリズムを大切にしたテニスだった。
思わず「リズムに乗るぜ」と呟いてしまった時に「なんですか、それ」と彼女が不思議そうな顔をしたのが、計算外ではあったが。
「久しぶりにスポーツして体動かせたのですごくリラックスできました、ありがとうございます」
「俺も久々にこんなに楽しくテニスできましたよ、ありがとうございます!」
屋内の練習場から出れば、すぐにやってくるのは照りつける日差し。
夏の午後の日差しはあまりにも鋭く、そしてジリジリと肌を焼いていく。
「暑いっすね」と目を細めて立ち止まれば、彼女もすぐ横でピタリと止まって同じように目を細めた。
その横顔に一瞬目を奪われてしまう。
笑顔よりも横顔が好きです、なんて言ったら怒られてしまうだろうか。
「またテニス、教えてください」
「任せてください!」
一見合っているように見えても、もっと別のところで息を合わせたい。
自分の奥底にある欲望に、彼はいつ気づくのだろう。
歩調合わせてよ
―神尾アキラも気づいていない
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