ヒトナツの恋 | ナノ


▽ 25-ブランデー


カチャン、とお皿にフォークを置く音が次々に溢れる。

最後にフォークを置いた観月は、ため息をついた後に眉間に手を当てた。



「パウンドケーキは美味しいのですが…紅茶と合わせるには少し味が濃いようですね」
「ブランデーも入ってますし、ちょっとくどいのかもしれません」



ちらりとナツが向けた視線の先には、コップの中で光る透き通った茶色の液体。

学園祭で喫茶店を行う予定のルドルフメンバーは、調理室で紅茶に合うメニューを探していた。

セット商品を出した方が注文するバリエーションが増えるためいいのではないか、というルドルフの実質的まとめ役の観月の提案。

様々なお菓子を毎日作ってきたが、そろそろ本格的にメニューを決めた方が良い時期だ。



「今まで自分たちが作った中だと、やっぱりクッキーがいいと思うだーね。チョコとかナッツを入れれば、種類も多くなるだーね」
「俺も柳沢の意見に賛成だ」
「どれも美味いけどな……ん、やっぱ美味い」
「そうですね、僕もクッキーが妥当かと思います。………それと裕太君、残ったケーキを処理していただけるのは有り難いのですが、あまり食べ過ぎないようにしてくださいね」



それぞれが意見を述べる中、ルドルフのテニス部の中でも大の甘党として知られる裕太は余ったパウンドケーキに手を伸ばす。

試食した部分以外は手つかずであったパウンドケーキは、ちょうどスーパーで売られている標準サイズの食パン一斤分はあるだろうか。

吸い込むようにそれを食べ始めた裕太をしり目に、他のメンバーはメニューの最終調整を始めた。

早く決めてしまわないと、実行委員長である跡部がうるさいのだ。



「それではやはり、クッキーをメインに置くことにしましょう。パウンドケーキもまあ多少なら置いて構わないでしょう」
「もし余ったら裕太に食べさせればいいだーね、裕太なら…って、あ!?」



意見も落ち着きだしたところで観月がまとめると、その場はメニューが決まった安堵感に包まれた。

これで跡部に嫌な顔をされることもないだろう。

すっかりくつろいだ様子で裕太を振り返った柳沢は、目の前にあった光景に言葉を失った。

一人、また一人とそちらに視線を移すと、同じように言葉を失っていく。

最後に見た観月も、その顔色を見た瞬間に大きなため息をついた。



「…裕太君、飲みましたね」
「はい?なーんの話だかサッパリわかりませんねえ、観月さーん」



うつろな目のまま答える裕太には誰も近づこうとせずに、気まずい空気が流れる。

裕太の傍らには、空っぽになった透明なコップが置かれていた。

先ほどまでは透き通った茶色の液体が入っていたものだ。

何も載っていない皿に、空になったコップ。

その2つで、裕太が何をしたのかは一目瞭然であった。

アルコールとは、人間のもう一つの顔をさらけ出してしまうものである。

そしてこのアルコールの恐怖は、確実に裕太にも当てはまっていることだった。

これ以上飲まないように、とコップとすぐ近くにあったブランデーを引き離そうとナツが裕太にゆっくりと近づく。

「ナツさん、あまり近づいては…」そう観月が言いかけたところで、ついにアルコールの魔が姿を現した。



「…ナツさん捕まえたーっと!」
「うわっ!?」



ブランデーを取ろうと伸ばしたナツの片腕を、驚くべき速さで裕太の手が掴む。

そしてそのまま座っていた丸椅子から立ち上がり、掴んでいた腕を離し、ナツの首へと回した。

そんな後ろから抱きついた状態のまま、裕太はもたれかかるようにして眠り始めた。

トロンとしたしぐさで目を閉じ、ナツの首筋に顔をうずめるにして。



「……裕太君、ちょっとお話が」
「ゆ、裕太の奴観月に殺されるだーね」
「おい、一色!しっかりしろ!」



あまりの出来事に硬直した状態のナツから裕太を引っぺがし、観月は眠る裕太を引きずるようにして調理室から出ていく。

残るルドルフメンバーは裕太への憐れみ、そしてナツの意識をこちらに引き戻すことに全力を注いだという。





ブランデー

―不二裕太を化けさせるもの

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