八月最後の大きな花火大会ということもあってか、会場にはたくさんの人がいた。

終了のアナウンスが鳴れば一斉に駅に向かうため、電車の中は超満員になるであろう予測は簡単につく。

島田たちは全員で相談した結果、花火大会が終わる約30分前の電車に乗ることにした。

最後まで会場で見ずとも、他の場所から花火を見る方法があったのだ。

まだ空いている電車に乗り、10分ほど揺られた後に階段の町の最寄駅に着く。

そこから歩いていけば、当然控えているのは島田たちの住む階段の町の坂。

この坂を上りきらなければ、家に着くことはできないのだ。

何段も続く階段を少しずつ上がっていくと、ちょうど半分ほどのところでひなたが歓声を上げた。

後ろを振り返ればビル群よりもさらに高く打ちあがった花火が見える。

そろそろフィナーレに近いのであろう花火は、会場で見るよりもさらに迫力があるように見えた。

遅れてやってくる地響きのような花火音も、心地よくお腹に響いた。





桐山は島田の家に、ひなたは結衣子の家に。

階段の踊り場ともいえる、段差のない平坦な道を挟んで向かい合う二つの家に、それぞれ二つの人影が入っていく。

結衣子の家に初めて入ったひなたは、その家から見える景色に驚いた。

遠くに見える高層ビル群と、すぐ近くに広がる静寂の階段の町。

空を見上げれば星がきれいに輝いていて、都会のにぎやかさと静かな街並みが融合した不思議な場所だった。

窓の外を飽きもせずに眺めるひなたを見ていると、ここに来たばかりの自分を思い出す。

星を見て親友を思い出して、時折隣を見てまだ見ぬ隣人であった島田がどんな人物なのか考えてみたりして。

二人で協力して布団を隣同士に並べ、電気を消して横になる。

網戸にしたままのため時折風は吹くものの、夏の夜には熱気が立ち込めており、さらに花火の余韻か眠気はなかなか訪れない。

結局は枕を頭の下にしたまま、会話に花が咲く。

そんな中、不意にされたひなたの質問に思わず一瞬息を止めてしまった。



「結衣子ちゃんは、島田さんのどこが好きなの?」



昼間に後藤からされた質問と重なる。

今日はやたらと島田についての質問が多い。

後藤からのものは威圧を感じ、こちらの背筋が凍るような思いだった。

どうしてすぐに答えられなかったのか、今日一日中自己嫌悪にも陥った。

しかし、ひなたの質問からはそのようなものは微塵も感じられない。

あるのは、純粋な憧れ。

中学生のひなたからしてみれば、大人の恋愛というものに興味があるのは当然のことである。

花火大会の時に二人の様子を見ていても、周りの学生カップルとは違った落ち着きがあった。

見ているだけで、どれほどお互いを大切に想っているか伝わってくるようだった。

ひなたと島田は初対面だったが、彼の人柄の良さはすぐにわかった。

駅から会場までの道のりの中で人がごった返していてなかなか身動きがとりづらかった時、島田はすぐに指示を出した。



「結衣子、ひなたちゃんと手をつないでくれ。桐山も誰かと…いや、俺とじゃ気色悪いな」



その時の立ち位置としては結衣子と島田、ひなたと桐山というペアで手をつなぐのが自然な流れであったが、島田はあえてそうしなかった。

ひなたと桐山がいくら知り合いであったとしても、異性であることや「手をつなぐ」という行為に恥じらいを感じる年齢であったことを見通してくれていたのだろう。

もし桐山と手をつなげと言われれば嫌な気持ちはしなかっただろうが、おそらく花火どころではなかったように思う。

男の子と手をつないだことなど、ひなたにはいまだかつてないことなのだ。



「うまく言えないんだけど、島田さんの隣にいるとほっとするの」



簡単に言えるようなことではないとわかった結衣子は、一つ一つ言葉を探し当てるかのように話していく。

外から入ってくる自然な光は、二人の顔の輪郭をぼんやりと照らすだけで、結衣子がどれほど顔を赤くしているのかは誰にもわからない。

それがちょっとした救いだった。

好き、といっても自分は彼のどこに惹かれたのだろう。

少しずつ惹かれていったと思っていたが、もしかしたら本当は最初に会ったときから強く惹かれていたのかもしれない。

階段の町に引っ越してきて数か月の頃、まだ結衣子はこの町に慣れることができていなかった。

隣にどんな人が住んでいるのか知らない、ちょっとした世間話ができる人も近所にいない。

休日があっても洗濯や掃除をするだけで一日が終わり、誰とも話さないで終わるようだった。

あの頃の自分は、「交友」というものから隔離されているように感じていたのだ。

その時に、ちょっとした恐怖の対象でもあった顔も知らぬ隣人の島田に出会った。

静かな水面に一粒の水滴を垂らしたかのように、ゆっくりと変化は広がっていった。

心の大部分を占めていた空虚感や寂しさがどこかへと消え、代わりに入ってきたのは温もりだった。

彼は、誰に対しても穏やかな人だ。

その分、心に抱える負担は多い。



「たまに小さいことで喧嘩したりもするけど、大切な人だよ」
「えっ、結衣子ちゃんと島田さんでも喧嘩するの?」
「うん、食べ物の好き嫌いとか意見の違いとか」
「へえ…家族みたいだね!」



はっきりとしない闇の中でも、ひなたが満面の笑みを浮かべてこちらを見たのがわかった。

家族みたい。

突如言われた単語に一瞬面食らったものの、結衣子もすぐに微笑みを返した。

その響きは結衣子の心の中でふわふわと弾んだものの、同時に小さな取っ掛かりも作っていった。

/