(「付かず離れず」続編) ついにこの日が来てしまった。二十歳の誕生日。 正直言って、一睡もできなかった。 けじめだと言って自分を抱きしめてくれた彼は、その後指一本触れてくることはなかった。 とても誠実な人だと思う。 ただそれに自分は満足していなかったなんて知ったら、彼はどんな顔をするのだろうか。 もしかしたら、幻滅して離れていってしまうかもしれない。 そう考えだしたら止まらなくなって、眠ることができなかった。 待ち合わせは午前十時。 それにもかかわらず午前九時には待ち合わせ場所の時計台の前に着いてしまう辺り、自分は相当焦っているのだと思う。 時間が経つのが妙に早く感じて、本当に自分の時計は合っているのだろうかと何度も確認してしまう。 もはや何度確認したのか自分でもわからなくなった頃、彼はやってきた。 「ずいぶん早いな」 「島田さんこそ。……顔色がいつにも増して悪いけど、大丈夫?」 「ああ、大丈夫。ありがとな」 彼の顔はずいぶんと青白かった。 元々胃腸が弱いということもあって顔色が良い日のほうが少ないけれど、それでも不安になってしまうような顔色だ。 不安げな顔を見せるさつきに対して、島田は柔らかにほほ笑む。 そして、そっとその手を差し出した。 「ずいぶん待たせたけど、ほら」 その意味がわからないほど、頭の回転が悪い方ではない。 それまでの不安な気持ちはどこかへ吹き飛び、代わりに心臓がバクバクと音を立てる。 あの時と同じだ。 ギュッと体全体を包み込むように抱きしめられた、たった一度だけの彼との接触。 ついに自分は大人になったのだ。 おそるおそる手を伸ばして、確かめるように手を重ねる。 自分より一回りも二回りも大きい手に、骨ばった感触、体温の低い指先。 触れるだけの置き方をしたさつきの緊張したような顔を見た島田は、今度はふっと声を出して笑った。 その笑いが、妙に大人の色気を感じさせるのだからたまったものではない。 「なんでそこで笑うの……!」 「初々しいなあ、と思ってさ」 絡め取られる、という言い方が正しいのだろうか。 一瞬の間に自分の指と指の間に彼の指が入り込んでいて、ぐっと近くなった体温にドキリとする。 世間一般で言う、恋人つなぎ。 この一年の間、何度も触れてほしいとは思ったものの、いざ彼との距離が近づくと体が慣れていないせいか、反応に困ってしまう。 一気に顔が赤くなったさつきを見て再び笑う島田をギロリと睨み、彼女は呟いた。 「自分だけ大人ぶっちゃって……心臓に悪いんですけど!」 精一杯の嫌味を込めた言葉にも、島田はどこ吹く風と言った顔。 飄々としたその態度に一発グーパンチでもお見舞いしてやろうかとさつきが空いている片方の手を握り締めると、グッと彼は顔を近づけた。 耳に吐息が触れそうなほどの距離に、彼女はピシリと固まってしまう。 待って待って、ここは公衆の面前だ。 時間はまだ午前十時にもなっていなくて、行き交う人々は忙しそうに前を見て歩いていく人ばかり。 同じように待ち合わせをしている人もスマホを見たり空を眺めたり、こちらを見ている人は見当たらない。 そうは言っても、誰が見ているかわからない状況でこの距離って。 この一年間、文字通り指一本触れていなかったにもかかわらず、一体どういうことだろう。 「さつきは何もわかってないな」 「そ、その前にこの距離なんとかして……!」 「余裕そうに見えるのは、年を重ねてそう取り繕うのが上手くなっただけだ」 一瞬の出来事で、さっぱりわからなかった。 視界に映ったのはまつ毛とまつ毛が触れ合うほどに近づいた彼の顔で、口元には温かい感触。 すぐに離れていった彼は、顔を真っ赤にしてこう呟いたのだった。 「……本当に余裕がある大人ならな、こんなことしないんだぞ?」 「島田、さん……」 「お誕生日おめでとうさつき、。これから一緒に大人になっていこう」 ああ、この人にはいつまで経っても追いつけない。 思わず座り込んでしまった彼女に、慌てて謝罪の言葉を掛ける彼の姿を、道行く人々は不思議そうに眺めていたという。 END 2017/09/15 (20万ヒット企画)蛍様へ ←短編一覧 |