恋愛に年齢なんて関係ないよ、と人はよく言う。 それでもやはり、年齢の離れた人と付き合うのはより一層のエネルギーが必要なこと。 どんなに仲の良い人に対しても、言えなかった。 自分の付き合っている人が一回り以上も離れた人だ、とは。 「お疲れ。将棋一本になってから勝率上がってないか?」 「高校は勉強とか人間関係とかあったからね。今は将棋一本だし、そのせいかも」 初めて来た彼の家。 お互いが所属する奨励会で知り合ったさつきと島田。 直接関係があったわけではないのだが、さつきと同期である二海堂が島田の弟弟子ということもあり、少しずつ意識するようになったのだ。 しかし、順調にはいかなかった。 年齢差という問題が大きくのしかかったのである。 お互いに意識しても、近づこうとする相手はあまりにも遠かった。 将棋会館で会って、皆がいる中でたまに二人きりになって話してみたりして。 偶然を装った会話しかできず、かといって無理に近づくこともできず、悩んでいた日々。 何年間その状態が続いたのだろう。 「高校なあ…俺にとっては懐かしい響きだ」 「またそうやって」 「おじさんみたいなこと言う、って?仕方ないだろ、実際にそうなんだから」 高校を卒業した日、島田から正式に告白された。 そしてその時に初めて、家族以外の異性から抱きしめられた。 背中に回された手も、目の前にある胸板も、初めての経験だった。 安心しているはずなのに胸がぎゅっとしめつけられるかのような、不思議なもの。 しばらく抱きしめた後に、彼は言ったのだ。 「うん、これで俺はお前にはしばらく触らない。そう決めておく」 目の前で一人頭を掻く島田に、さつきの疑問は募るばかり。 どうしてなのだろう。 やっと思いが通じ合って、これから堂々と二人で話ができると思っていたのに。 少しずつでも触れ合うことができると思っていたのに。 こんなことはさすがに口に出せないため、さつきが唇を結んで下を向けば、次に温もりを感じたのは頭だった。 ぽんぽんと一定のリズムで優しく置かれるその手は、自分のものより骨ばったもの。 わずかに目を上げれば、すぐそこには彼女と視線を合わせた島田がいた。 長身の背丈をかがめ、困ったように笑っている。 「けじめってことにしてくれないか。お前が成人するまで、悲しい思いはさせたくないから」 その約束から、数ヶ月。 彼女が自宅にやってきた今の状況でも、彼は必要以上に近づこうとはしない。 さつきが成人するのは来年。 その時まで、この距離感は続くのだ。 お互いに不安を抱えながら、将来を夢見て。 「また島田さんの家、来てもいいかな」 「ああ。いつでも来てくれ」 世間から見れば、二人は付き合っているようには見えないのかもしれない。 それでもいい。 むしろ、その方が好都合。 将棋界をあっと言わせるニュースは、二人の手に握られていた。 END 2013/05/28 (1周年企画)郁様へ ←短編一覧 |