「リドル、ちょっといい?」

放課後。その日の授業は全て終わり、リドルは一人、図書室で本を読んでいるところだった。

「何?」
「今回のレポート、ちょっと難しくて・・・もしよかったら、リドルにアドバイスしてほしいなって」

ハリーが困ったように眉を下げる。リドルははあ、と溜息をついた。

「そんなの、あの性悪腹黒教師に聞けばいいことだろ」
「もう!そんな言い方・・・だって、お仕事の邪魔になったら嫌だから・・・」

―じゃあ僕の邪魔はしていいんだ?そう言いたくなったが、リドルはぐっと堪えた。ハリーはそんな自分の不機嫌なオーラを感じたのか、気まずそうに羊皮紙を握り締めている。

「・・・仕方無いな。さっさと見せなよ」
「―ありがとう、リドル!」

渋々了承すると、ハリーは花が綻ぶような笑顔を見せた(その顔をなんとなく直視することができなかった)。

「えっと、ここなんだけどね―」

*


「ほら、ここで結論を持ってくれば文章に説得力が出る」
「あ、本当だ・・・そうしてみる」
リドルが指摘した箇所を、ハリーは素直に修正していく。気が付けば、図書室には二人の他に生徒は一人も残っていなかった。知らないうちに大分時間が経っていたようだ。リドルはふと、羽ペンを忙しなく動かしているハリーを見た。髪が顔にかかるのが邪魔なのか、片方は耳にかけている。そうして露になった耳から顎、首筋にかけてのラインは本当に繊細で、少しでも触れたら壊れてしまいそうなほどだ。伏せられた睫毛は思ったよりも長い。そして、淡い桜色に色付いた開いた唇は、舐めたら砂糖菓子のような甘い味がしそうな気がした・・・―でも、今目の前にいるこういったものは全部アイツの物なんだ・・・アイツだけが、自分の好きなようにできる・・・

「・・・―ドル?リドル?」

呼びかけられる声に、リドルはハッとした。ハリーは不思議そうにこちらを見ている。

「どうしたの?」
「別に、何でもない―・・・それで、レポートは終わったの?」
「うん!・・・どうかな?」

物思いに耽っていたことを誤魔かすかのように、乱暴にレポートを受け取り、ざっと目を通す。最初よりも大分良くなっているようだ。

「まあ、悪くはないね」
「よかったぁ・・・。遅くまで付き合わせてごめんね」
「そう思うんならさっさと帰らないと。雨も相当降ってることだし」
「えっ、嘘!小雨だと思って、傘持ってきてないや」

土砂降りなのに加えて、外はもう真っ暗である。少女が一人で帰るのは流石に危ない。リドルは今日一番大きな溜息をついた。―本当に仕方の無い奴。

「どうしよう・・・」

「僕は持ってる。・・・―半分だけだからな」



*


ホグワーツは無駄に広い。学校を出るだけでも結構な距離を歩くことになる。リドルは自分のすぐ隣のハリーをちらりと覗き見た。遠慮がちに縮こまっているが、その細い肩は半分雨に濡れている。―今更遠慮したところで何の意味も無いのに、いちいち面倒臭い奴だ。

「―ちゃんと入りなよ」
「!リ、リドル・・・」

仕方ないのでハリーの腰に手を回し、ぐいと引き寄せた。これでハリーの身体は全部傘の中に入った。・・・自分の肩がはみ出したことは気付かない振りをしていよう。身体が密着した状態が落ち着かないのか、ハリーは緊張しているようだ。やがて校門付近まで来ると、ぽつりと呟いた。

「・・・リドルって、本当は優しいよね」
「―何?今まで気付かなかった?」

とりあえず表面上は鼻で笑ってやったが、小さな声で囁かれた言葉が、妙に心に響いた。ほんの少しだけ、気分が浮上する―その時だった。ハリーとリドルの前に突然、黒い影が舞い降りた。嫌になるほど慣れてしまった気配―自分そのものの気配―リドルはすぐに理解した。アイツだ。・・・二人で仲良く相合い傘しているのが、仕事部屋の窓から見えたのだろう。


「あっ!」


ハリーは黒衣に身を包んだその男の姿を認めると、躊躇いなくリドルの腕を抜け出した。身体に残る温もりの余韻は、外気に触れた途端、空しい温度差に変わる。ハリーは雨に濡れるのも構わずに、"アイツ"のところへ―ヴォルデモートの元へ駆け寄った。―リドルの前では決して見せることのない、蕩けるような笑顔で。


「先生!―どうしてですか?今日は遅くなるんじゃ・・・」
「早く終わらせた。それよりも、今は放課後だ―もう"先生"ではないし、お前も生徒ではない・・・プライベートの時はどうするか、いつも言っているだろう?」
「―そうだった。ごめんなさい、ヴォル・・・お仕事おつかれさま。お帰りなさい」


―何がプライベートだ、気持ち悪い。リドルは白けた目で目の前の光景を見ていた。仕事だって投げ出してきたに違いない・・・よほど自分がハリーとくっついていたのが許せなかったらしい。くだらない。

お帰りのキスがどうのこうのとか、充電するから抱きしめさせろとか、見たくもないやりとりがあった後(ハリーの恥じらう表情が妙に腹立たしい)、二人はようやくリドルを見た。

「リドル、今日はいろいろありがとう。すごく助かった」
「・・・あっそ」
「よかったら今日はリドルの好きなものを作ろうと思うんだけど、リドルは何が―」
「ハリー」

ヴォルデモートがハリーの言葉を遮った。ヴォルデモートは無表情だが、ハリーがリドルに話しかけた途端、苛々し始めているのが手に取るように分かった。

「―今日は外食だ。お前が前話していたところに行くぞ」
「わあ、本当?でも、リドルが―」
「子供じゃないんだから、食事くらい自分で何とかできるよ。さっさと行ってくれば?」
「ごめんね・・・今度絶対お礼するから!」
「来い、ハリー」

ヴォルデモートがハリーの手を引っ張り、校門の外に出ると、二人はすぐに姿くらましをした。


―ああ、本当にむかつく。




さっきまでは狭かった傘が、今は何だか広く感じて、それが妙に悔しかった。


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