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 Milk Crown (2)


彼がミルクを差し出して微笑う。優しく、優しく微笑う。至って自然にミルクを珈琲に注ごうとするのを手で制してまたマグカップに視線を落とした。


「私、もう十七よ。珈琲くらい飲める。どうしてあなたは子供扱いばかりするの」
「だから、してないって、」
「嘘つき」
「……あー、なんか、話したいこととかあったりするのか?」
「え」
「あ、いや、……何でもない」


がしがしと頭を掻いて俯く彼は。彼は、意地悪だ。ずっとそう。
本当は珈琲が飲めないことなんて、私が意地を張って飲めると言っていることなんて分かっている。私が覚悟をして此所を訪れたことも、おそらくは。

吁、珈琲が冷めてしまう。


「猫舌だったか?」
「熱いホットミルクを飲んでる姿を見ておいてよく言うね」
「やっぱり『いつもの』にするか?」
「……これがいい」
「調子狂うなあ」
「ねえ、」
「ん?」


だあれもいない店内で、私と彼は呼吸をする。ただたゆたう珈琲の薫りが指先を、切ったばかりの前髪をくすぐっていく。沈黙と、無音。


「どうしても、知らない振りを続けるの?」
「何を」
「わたし、あなたが好き」
「……」
「すき、」


息を詰まらせた彼は、また頭を掻く。
言うんじゃなかった、と、後悔が私の心を押し潰していく。
私は、あなたが好きだと告げに来た。あなたが困るって分かってた。けれど私にはもう駄目、駆け引きなんて端から出来ない。
だってまだ子供だもの。彼にとってはずっとそうだろう。年齢が埋まることなんてまず無いのだから。
だからこそこの想いは純粋だ。
我慢しきれなかった涙が堕ちて、マグカップの珈琲に波紋を広げていく。
ぽつ、ぽつ、珈琲がしょっぱくなってしまうかなと頭の隅でぼんやりと考えながら、けれど私はその涙を止められないでいた。
両手の指先はマグカップを包んだまま動こうとしないし、私はそれを拭う術などないのだ。

もう、『いつもの』ふたりには戻れない。
きっとずっとずっと前。私がこの想いを自覚する前から彼は気付いていた。
彼は気付かない振りを続けた。
どうして私のきもちに知らない振りするの?
私が、子供だから?


「泣かせるつもりは、なかったんだが」
「泣くつもりも、なかっ、た」
「……参ったな」


カウンター越しに彼の指先が伸びてきて、一粒、涙をさらっていく。何度も、何度も、ちょんちょんと目尻の滴をつついて、さらっていく。


「泣かないでくれないか、」
「……っ、」
「意地悪したのは謝るから」


初めて見る彼の困り果てた表情に、私は言葉を紡げない。同時に愛しさやら虚しさやら情けなさやらが押し寄せてくる。
彼はそれから何を言うでもなくゆっくりと、一粒一粒、私の涙をさらい続けた。それしか、間をもたせる術がなかったのだなと今は思う。

私、あなたがすき、だいすき、半端な感情じゃないのよ。
ブラックが飲めなくてもあなたが私をずっと子供扱いしても、この気持ちだけは。
本物なの、そう言いたいのに唇がうまく動いてくれない。そして結局しゃっくりのように酸素を胸に取り入れるだけに留まる。


「よく、わかったよ」


ぽつりと溢した彼の言葉は、閑散とした店内ではひどく大きな声のような気がした。
顔を上げてみると彼はまたばつが悪そうに頭を掻いていて、私と目が合うとまた困り果てた表情をする。

冷めきった珈琲が私を見上げている。
窓から覗く仄かな橙色の灯りが、彼の指先を照らしていた。
無骨な指先。けれどそれがつい今まで私の涙を掬っていたのだと思うと無性に愛しくなる。
胸が、張り裂けそうになる。



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