short | ナノ

 雨空、泪模様(死別/戦友)


鉛の弾が、正に目前を突き抜けた。
あと一歩、否、身動きひとつしていればあの生きた鉛は私の肉を貫いただろう。
私は血走らせた眼で周囲に視線を巡らせながら、ゆっくりと深呼吸した。
頬に浴びた反り血を拭う。
そして出来る限り声量を抑えて、倒れている友に語りかけた。


「日本は敗けだ、逃げるぞ」


友は僅かな沈黙の後虚空に游ぐくぐもった声で、そうか、とだけ呟いた。
私にだけ伝わればいいのだから、それでいい。
けれど友は応えない。
逃げると謂った私に応えない。
もう、直ぐ傍から敵勢の足音が聞こえていた。
私は精一杯身を屈め、もう一度語りかけた。逃げるぞ。


「正気か」


突き刺すような冷たい声だった。


「地雷を踏んだ。脚が無い。……わかってんのか」


それでも俺に語りかけるのかと、友は謂った。
友を担いで戦地を抜けられる確率は底辺だった、わかっている。
だから。だから


「とっくに狂気だよ」


そう答えた。

友とは、随分と旧い付き合いだった。
私たちは故郷の小さな町の小さな写真屋で下働きをしていた。
立て付けの悪い扉と、錆びかけたドアノブ。
毎日磨いた窓と、古びた大量の写真。
本当に朗らかで、あたたかな笑顔が満ちている場所だった。
古くても、小さくても、それでも凛と立っている写真屋。
私たちはその写真屋で多くの夫婦や家族の傍に居て、それを撮った。
大切に。いちたすいちは、と決まり文句を謂うのも二人で喜んだものだ。
誰も不幸を撮りに来るやつなど居ないのだから。

雨が降る。
不意に、敵勢の足音が消えた。
雨音に包囲された私は瞬間的に背後を見、安堵と緊張を繰り返す。
友はそんな私を見て、薄く笑った。

過去が頭の中を駆け巡る。
走馬灯などと不吉な事は決して謂わない。
これは幸福な錯覚だった。

目頭が熱くなる。
視界がぼやけていく、眼の端から、じんわりじんわりと。


「泣くなよ、戦士が」
「私は、ただの写真屋の下働きだ。泣かせろ」


お前を負って國へ帰るよ、私は雨空を見上げて嗚咽を洩らした。
紅蓮の想いが私を取り巻く。きつく、固く。

友は笑った。
私の泪を見て笑った。
泥の化粧が落ちていくぞ、雨と一緒に流れていくぞ、と。

雨が作る小川に、友の血が流れていく。


「この一粒の泪だけで、おれは救われる気がするよ」


あふれそうな涙を、ひとつぶ欲しいと言ってくれた友は、雨空に手を翳し、また、笑った。




山内智さんへ。

―リクエスト内容―
紅蓮という言葉を使って友情




prevnext

home

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -