短編ログ | ナノ
眠り姫へ立てた誓い

白い部屋の白い寝台。
その上に横たわるは、いとおしい

いとおしい、俺の…


「……」


手で触れる彼女の頬は
いつものように温かで。
毎回のように柔らかで。

今、そこに存在しているのだと
今、ここで生きているのだと

俺に判らせてくれる。
そして、安心させてくれる。


「……名前」


本来の彼女なら、
俺がその名を呼べばすぐに返事をするのに。

彼女からの返事は、俺がどれだけ待っていようと
彼女の声帯は、俺がどれだけ焦がれようと

声を発しようとはしない。

何故だ?

理由は簡単。
彼女が今、植物状態だから。


「……」


思い返せば、こいつは

彼女はいつも鬱陶しいと感じる程に元気で
彼女は毎日、こんな俺に微笑み掛けてくれていた。

そんな彼女の眩しいほどの笑顔を
最後に見たのはいつだろうか?

それはもう、彼女の笑顔が
霞んで見えなくなってしまうくらい前、昔。


「…名前、俺は」


震える指先が彼女の頬を滑る。
その動きを何度か繰り返したあとは

彼女の柔らかい髪を撫でる。
やさしく、やさしく。


「俺は、待つからな…」


動かない彼女に、この言葉を呟いたのは
目覚めない彼女に、この誓いを囁いたのは


「勝手に死ぬなんて、許さねぇ…」


今日で何度目になるのだろう。

何度、この言葉で胸が張り裂けそうになったのか。
何度、この誓いで胸が苦しくなったことだろうか。


「名前……」


無口で
不器用で
乱暴で
横暴で
暴力的で

挙げ句の果てには
自分の素直な気持ちすら彼女にも云えなくて。

そんな俺に
あたたかい感情を
くすぐったくなる様な感情を

光と言える希望の意味を
教えてくれたのは彼女だった。


「……」


そんな彼女を
実質的に失った俺は

彼女を自らの手で殺して
その後、自分も命を絶とうとしたことがある。

いざ、彼女の呼吸器を外そうとすると
彼女の笑顔がちらついて

手が肩が、身体中が震えた。

俺には彼女を殺すことなんて出来なかった。
俺には彼女を殺す権利なんて無かった。


「…名前」


今、俺は泣いているのか?
この手が震えているという真意はどこだ。

俺はその名を呼ぶ。
たいせつに、たいせつに。

愛おしい名で唸る。


「…名前」


狂おしいほど叫ぶ。


「名前、名前名前名前名前!!


白い部屋の白い寝台。
その上に横たわるは、いとおしい

いとおしい、俺の眠り姫。


end

20100529
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ザンザス殿に名前を呼ばれたかっ…(殴)

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